スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

僕らのウルトラマンA


 

僕らのウルトラマンA
円谷プロダクション【監修】
辰巳出版(タツミムック)刊
2000(平成12)7月発行


脚本家の市川森一さんが、まさかこんなに早く天に召されるとは。哀悼の意を表するものであります。
市川さんを紹介する履歴として、報道では代表作のひとつに「ウルトラセブン」を挙げるメディアが多かつたやうに思ひますが、若干違和感を感じました。
確かに市川さんは「セブン」から参加してゐますが、この時期は金城哲夫といふ絶対的存在がメインライターで、それに次ぐ人は多分上原正三氏でせう。市川森一さんは三番手くらゐで、金城が直球をずどんと投げるのに対し、変化球で彩りを添へたと申せませうか。

ウルトラシリーズで市川さんがメインで活躍したといへば、やはりこのA(エース)ではないでせうか。脚本を担当した話数こそ多くはありませんが、企画段階から参加し、超獣の設定とか男女合体変身などのアイデアを実現させたのであります。そして最終回の、子供たちへの「私の最後の願い」...個人的には新マン最終回の「ウルトラ5つの誓い」よりもぐつとくるメッセージなのです。

やさしさを失わないでくれ。
弱い者をいたわり、互いに助け合い
どこの国の人たちとも
友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。
たとえ、その気持ちが何百回裏切られようと......
(最終回より)

本書は、そんな「ウルトラマンA」を丸ごと味はふ一冊。
「A」を少年時代にリーアルタイムで観てゐたライターたちが、熱く論じてゐます。
第一期に比べて第二期ウルトラは「新マン」以外の評価が低いのですが、実は「A」が扱ふテエマはそれまでのどのシリーズよりも重い。それなのに失敗作の烙印を押されてしまふのはなぜなのか、本書を読めばだいたい分かるのですが。
最終回のシナリオでは、市川さんはAを故郷の星へ帰らせたのではないさうです。Aは(ウルトラの)星そのものになつたと。市川さんも星になつたと思ひたい。
といふ訳で、今回は市川森一氏の追悼の回でした。ご冥福をお祈りします。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テレビの黄金時代


テレビの黄金時代テレビの黄金時代



商品詳細を見る

テレビの黄金時代
小林信彦【編】
キネマ旬報社刊
1983(昭和58)年5月発行
1987(昭和62)年11月復刻版発行


大好きな谷啓さんが...ああ。
私は大いなる衝撃を受けて、悲嘆にくれてゐます。
あまりに寂しいので、「クレージーだよ奇想天外」を追悼上映しました。最後に谷啓が歌ふ主題歌「虹を渡って来た男」が流れるシーンでは泣いてしまひました。
来週は追悼上映ウィークとしました。以下は上映予定。

11日(土) クレージーだよ奇想天外
13日(月) 図々しい奴
14日(火) 空想天国
15日(水) 続図々しい奴
16日(木) クレージーだよ天下無敵
17日(金) 奇々怪々俺は誰だ?!

↑こんな感じです。ところで谷さんのニュースの中で「元クレージーキャッツの」といふ部分がありましたが、クレージーは多分解散していないので、「元」を付けるのはをかしいでせう。(ハナ肇さんが亡くなつた時に、植木等さんが解散宣言をしたけれど、翌日撤回されてゐます。) ちなみに正確には「ハナ肇とクレージーキャッツ」。「クレイジー」とか、あるいは「クレージー・キャッツ」のやうにナカグロを入れてはいけません。

もうひとつ気になるのは「ガチョーン」ですが、当初は「ガチョン!」だつたと記憶してゐます。いつの間に長く伸びるのが正式になつたのか。さらに「谷ダア」も、以前は「青島だッ、谷だッ」でな感じではありませんでしたかね。我ながらどうでもいい事を書いてゐるやうな気がする。これもショックの為でせう。

それで今回なぜ『テレビの黄金時代』かといふと、巻頭グラビアで「<ガチョ~ン!>の復活」と題して「正しい<ガチョーン!>のやり方」が連続写真で紹介されてゐるのです。もちろん演ずるのは谷啓さん本人。これは大爆笑であります。これによると、以下の要領ださうです。

A さあ、困った。かえす言葉もない
B 呼吸をためて......
C 裂帛(れっぱく)の気合で
D 万物を摑みよせるように

以上が<ガチョーン!>の奥義(?)らしい。結果的に2回続いて小林信彦さん関はりとなりましたが、まあいいでせう。(もちろん偶然です。) 初版が1983年なので、ハナさん植木さんが元気で、それぞれ単独インタビューが載つてゐて貴重です。谷啓さんは小林信彦さん・大瀧詠一さんとの座談会になつてゐます。ところで文春文庫から同じ書名の本が出てゐますが、本書とは別物なのでした...

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

ウルトラマン誕生


ウルトラマン誕生 (ちくま文庫)ウルトラマン誕生 (ちくま文庫)



商品詳細を見る

ウルトラマン誕生
実相寺昭雄【著】
筑摩書房(ちくま文庫)
2006(平成18)年6月発行


表紙のウルトラマンがカツコイイのであります。思はず手にとり購買すると、内容は『ウルトラマンのできるまで』『ウルトラマンに夢見た男たち』の合本でした。道理で分厚い本である。いづれも「ちくまプリマーブックス」として刊行されたものであります。
年少の読者を想定して書かれてゐるので、まことに丁寧な記述となつてゐます。
実相寺監督が亡くなつてもうすぐ4年になろうとしてゐますが、生前は私にとつてあまり関心のある存在ではありませんでした。ちよつと独りよがりが過ぎるといふか、観客が観たい映像よりも自分が作りたい映像を優先させる印象があつたのです。

本書からひとつ例をあげませう。
当時(1960年代)、特撮の世界に飛び込む人は、大なり小なり円谷英二に憧れを抱いてゐました。実相寺氏も同様で、円谷英二氏が常にスタッフに説いた言葉を紹介してゐます。

「きたならしいものはだめだよ。見ていてヘドの出るようなものや、残忍なものや、暴力だけがまかりとおるものや、気持ちのわるいものや、血まみれを売りものにするようなものはね」
「やはり見終わって夢が残るものじゃなきゃだめだよ。きたならしいもの、目をそむけちゃいけない現実、社会問題、......それは別のリアリズム映画がやってくれる。特撮っていうのはね、だれもが見たくても見られない光景や視点をつくりだすためにあるんだよ。どんな巨大な怪獣を出そうが、ミクロの細菌の世界に潜入しようが、日ごろ見られない夢を見せるようにしなきゃだめなんだよ」

すばらしい言葉。ところが円谷英二の薫陶を受けながら、実相寺氏は怪獣デザインに関して、成田亨氏に次のやうに依頼します。

「見るだにおぞましいもの。日曜の七時という一家団欒の時間に茶の間の受像器が怪獣をうつしたとき、思わず箸の手がとまるといった、生理的ないやらしさを表現してほしい」

全然分つてゐないではありませんか。ところが成田亨さんはさすがに円谷氏の思想を理解してゐたため、依頼通りには作らなかつたのであります。実相寺氏はそれを怨んでゐたとか。詮無い人だなあ。

と思つてゐたら、本書では自分の思ひ込みが間違つてゐたことに気づいたと語つてゐます。どうやら成田氏に説教(?)されたやうです。もつと早く気づいてゐたら、スペル星人の悲劇は避けられたかも知れません。
ま、さういふ感じで、本書は断片的ながら、一種の円谷英二論としても読むことが出来ませう。多分特撮に詳しすぎる人にとつては、物足りないでせうが、普通の人には1960-70年代の特撮事情が分つて面白く読めるでせう。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

ウルトラマンを創った男 金城哲夫の生涯


ウルトラマンを創った男

ウルトラマンを創った男 金城哲夫の生涯
山田輝子【著】
朝日新聞社(朝日文庫)刊
1997(平成9)年8月発行


単行本刊行時のタイトルは『ウルトラマン昇天』。文庫化時に改題されました。
初期の円谷プロダクションでメインライターとして活躍した金城哲夫の評伝であります。
「ウルトラQ」「ウルトラマン」「快獣ブースカ」などで華やかな活動をしてゐたことは良く知られてゐることですが、私にとつての最大の関心事は、彼が円谷プロを去つた理由と沖縄へ帰つてからの活動ぶりであります。本書はさういふ要求にかなり応へてくれたと思ひます。
もちろん本当の理由は金城氏本人にしか分からぬことですが、推測することは出来るし、実際さまざまな関係者が推測してゐます。総合すると、「ウルトラセブン」後半から制作に関つた橋本洋二プロデューサー(TBS)の存在が大きいやうです。金城・橋本両氏の確執は凄まじいものがあつたと。
この辺の事情は『ウルトラマン大全集Ⅱ』(講談社)といふ本で詳らかになつてゐます。(鼎談)

 市川(森一) 企画の段階で、金城さんと橋本さんはよく衝突してましたね。
 橋本 「怪奇大作戦」のテーマについては、激論したよね。(中略)そもそもの始まりは戦争中に、小学生などの非戦闘員を乗せた対馬丸が、沖縄沖で沈んだということで、沖縄各地によってはいろいろな説があるんだけど、その沈んだ日になるとひとつの亡霊が浮かぶという話があるんだよ。それを題材にして金ちゃんに一本書いてくれと、たのんだことがあったんだ。結局、彼は書けませんでした。彼の故郷で起こった惨事であるから、何か感ずるものがあって書けなかったんだね。実に軽薄なことを言ったと後悔しています。(中略)僕は「怪奇大作戦」を書ける人は、怨念とか、執念とかいったものを持った人だと思ってたから。でも、彼は書けなかった。金ちゃんが、円谷プロをやめて沖縄に帰る直前に電話をかけてきて、その日は雪が降っていたんだ。彼は雪の降るなか、外で風呂にはいってますというんだよ。こっちは、せつなくなってきて、もう一回、いっしょにやろうといったんだけどね... 彼が帰るとき、晴海海岸まで見送りにいけませんでしたね。

同席の市川森一・上原正三両氏は、口を揃へて「金城の帰郷の理由がわからない」と言ひます。あすこで帰るといふことは脚本家としての自殺行為であると。
山田輝子氏の見立ては、「怪奇大作戦」で事実上メインライターの地位を橋本氏に追はれたことがきつかけと見ながらも、当時の沖縄の事情に注目するのです。
1972(昭和47)年の沖縄の本土復帰を目前にして、自分は故郷に対して何も恩返しできてゐないといふ思ひが強かつたのではないかと。東京にすつかり染まつた自分は、故郷との間に大きな溝が出来てしまつたのではないか...さういふ焦りがあつたことは確かだらうと。ふむ、門外漢の私でも何となく納得できる説であります。

それにしても、沖縄へ帰つた後の金城氏を綴る部分は、読むのが辛いですね。酒に溺れ、レギュラー番組も強制的に下ろされ、家族から精神病院に入れられる。そして転落事故で最期を迎へてしまふ。あの「ウルトラマン」の基本設定を創つた男の最期としては、あまりに悲しいではありませんか。
その後も新しいウルトラマンは続々と作られますが、その都度、「金城哲夫のウルトラマン」の呪縛からいかに脱却するかで苦労してゐるやうに見受けられます。それほど完成されたものを彼は作つたとも申せませう。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
FC2カウンター
FC2アフィリエイト
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
リンク
フリーエリア
ブクログ                                                      にほんブログ村 本ブログへ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。