スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

電力と国家


電力と国家 (集英社新書)電力と国家 (集英社新書)



商品詳細を見る

電力と国家
佐高信【著】
集英社(集英社新書)刊
2011(平成23)年10月発行


福島の原発事故以来、東京電力(といふか電力会社)といふものがどんな組織であつたのか、国民の前に明らかになつてきてゐます。
なぜかういふことになつてしまつたのか、そもそも誰が悪いのか。本書では、それを日本における電力事情の歴史を振り返ることで明らかにしてゐます。

現状の問題点を挙げる発言はいろいろな場所でいろいろな人が発信してゐますが、佐高信氏は今日に至る歴史的経緯を述べてくれます。
電力を国家管理から死守してきた「電力の鬼」松永安左ェ門とその後継者たる木川田一隆の戦ひに多くを費やし、断片的ながら「松永安左ェ門伝」の様相さへ呈してゐます。

「国家対電力」といふ緊張関係を失つたのは、木川田一隆の薫陶を受けたとされる平岩外四からだと佐高氏は指摘します。国家に介入させずの原則を崩し、当時の通産省と通じるやうになります。原子力発電の主導権を通産省に明け渡したといふことですな。今回噴出した諸問題は、平岩外四の方向転換以降に端を発してゐると。実際には様様な要因が重なつてゐるのでせうが。
佐高氏はいつも、個人名を出すのが特徴。「東電が悪い」「民主党が悪い」などと組織名で批判しても詮無いといふことでせう。実際に行動を起こすのは組織や建物ではなく、個人であります。

もはや既存の電力会社には自浄能力はありますまい。しかし巻末で佐高氏はかすかな希望を感じとつてゐます。新たに「中央対地方」(この用語には抵抗を示す人も多いでせうが)の対立軸が出来つつあると。知事を中心とした地方が連携をとることが出来ればいいのですがね...

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

古代への情熱


古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)



商品詳細を見る

古代への情熱―シュリーマン自伝― 
ハインリヒ・シュリーマン【著】
関楠生【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1977(昭和52)年8月発行


シュリーマンの名を初めて聞いたのは、小学校の「道徳」の時間でした。
『明るい心』などといふ、今から思へば胡散臭い教科書でしたが、わたくしは結構気に入つてゐました。内容が古臭く、「名古屋時間」なんて言葉が出てゐた記憶があります。
で、そのシュリーマン。教科書には自伝通りの内容が記載されてゐました。幼時にトロイアの物語を知り、周囲の大人たちが「あれは架空の話なのだよ。トロイアは実在しないのだ」といふのも耳を貸さず、大人になつたら絶対トロイアを発掘するんだ!と決心する。
そして超人的な努力によつて語学を身につけ、財をなし、たうたう夢を実現する。恰好の修身用素材と申せませう。

自伝となつてゐますが、実際にシュリーマンの手による部分は、最初の章だけ。全体の四分の一程度でせうか。
そして残りは友人のアルフレート・ブリュックナーといふ人が補完してゐます。その部分は当然シュリーマンは三人称で語られるのであります。原題を直訳すると「死までを補完した自叙伝」ださうですが、なるほどといふ感じです。
訳者の関楠生氏によると、原著には「古代への情熱」なるタイトルは付されてゐないといふことで、関氏としては避けたかつたが、版元側の意見を取り入れた結果ださうです。

シュリーマン本人による少年時代の記述は、今ではその信憑性が疑はれてゐるとか。エルンスト・マイヤー氏による「後記」にもそれを匂はせる記述があります。
しかしシュリーマンの業績を全否定できるものでもなく、評価されるべき点は肯定的に捉へねばなりますまい。本書も読み物として語り継げば良いのではないでせうか。教訓は教訓としてね。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

昭和史 七つの謎


昭和史 七つの謎 (講談社文庫)昭和史 七つの謎 (講談社文庫)



商品詳細を見る

昭和史 七つの謎
保阪正康【著】
講談社(講談社文庫)刊
2003(平成15)年1月発行


昭和史の前期に関しては、もはや「同時代史」ではなく「歴史」といつてよからう、と著者は述べます。
歴史として検証されるべきであり、検証してもなほ残る「謎」が存在する、と。
さういふ謎について、著者の保阪正康さんは大胆に迫るのであります。
例へば、著者自身の推測をあへて述べ、謎が埋まるやうにするジグソーパズルみたいな方法。
もしくは、歴史にタブウとされる「if」を使用し、事実に迫る方法とか。

第1話「日本の<文化大革命>は、なぜ起きたか?」...現在の日本も「前夜」あたりの空気に似てゐないかと思ひます。
第2話「真珠湾奇襲攻撃で、なぜ上陸作戦を行わなかったか?」...昔の東宝映画でも、藤田進の南雲忠一は攻撃しなかつた件で非難を浴びてゐました。
第3話「戦前・戦時下の日本のスパイ合戦は、どのような内容だったか?」...真珠湾攻撃が「騙し打ち」になつてしまつた経緯も明らかになつてゐます。
第4話「<東日本社会主義人民共和国>は、誕生しえたか?」...かつて手塚治虫さんは、このifが実現してゐたら、といふ想定の漫画を描いてゐました。
第5話「なぜ陸軍の軍人だけが、東京裁判で絞首刑になったか?」...本書を認めない人達は、どうやらこの辺が気に入らないらしい。
第6話「占領下で日本にはなぜ反GHQ地下運動はなかったか?」...日本人はこの数百年は変つてゐないのではないかと思はせるルポであります。
第7話「M資金とは何をさし、それはどのような戦後の闇を継いでいるか?」...真偽はともかく、タチの悪い話であります。まさに闇の中。田宮二郎さんの自殺は本当にM資金が原因なのだらうか。

かうして見ると、読み物として恰好の題材を得てゐますね。取材対象の人物が物故者だつたり、連絡が取れなかつたりで、調査の難航ぶりがうかがはれます。やはり昭和の戦前は歴史になりつつあると申せませう。力作。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

南太平洋ひるね旅


 

南太平洋ひるね旅
北杜夫【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1973(昭和48)年4月発行


先日亡くなりました北杜夫さん。『怪盗ジバコ』を取り上げて間もありませんが、改めて北作品。
あまり語られることは少ないが一読に値するもの、といふことで、本書を選んでみました。ところが後で、本書はすでに絶版であることが判明。しまつたと思ひましたがもう遅い。まあいいでせう。

『南太平洋ひるね旅』は、『どくとるマンボウ航海記』に続く二冊目の紀行作品であります。主な行程はハワイ⇒タヒチ⇒フィジー⇒ニューカレドニア⇒サモア。1961(昭和36)年から翌年にかけての訪問ださうです。
もう50年も前の紀行文なのですが、北杜夫氏の作品としてその価値は高まりこそすれ、減じることはありますまい。

訪問当時には、すでに侵略者側たる西の先進国にかなり染まつてゐる様子が描写されてゐますが、それを堕落だとか言つて嘆いたり非難するのは筋違ひだと著者は述べます。「オッパイを丸出しにした女がほほえみかけ、裸体の土人が椰子の木かげで踊っていなければ、どうも文明人は失望したがる。しかし、すべては自分たちがしたことなのだ」(本文より)

独立の気運が高まつても、財政的に余裕がないから、結局植民地のままであつた方が良いとか、独立しても発言権がないとか、あまり喜ばしくない状態になつてしまつたといふことでせう。昔は自分たちだけの世界で、厳然たる秩序と倫理があつたのが、中途半端に「先進国」の論理がはびこるやうになり、新たな問題も増えてゐると推察されます。
全体を軽いユウモワで包む本作ですが、さういふ面を嫌味なく指摘する箇所もあります。

いつ、どこで読んでも面白い作品と申せませう。しかしこのユウモワが現在の人に受け入れられるか。味音痴が玄妙な味覚を「物足りない味」と感じてしまふやうに(わたくしもさうですが)、「笑ひ」といへば意味もなくはしやぎ騒ぐ昨今、若干の不安はあります。
多分杞憂でせうが。

にほんブログ村 本ブログへ 

聖の青春


聖の青春 (講談社文庫)聖の青春 (講談社文庫)



商品詳細を見る

聖の青春
大崎善生【著】
講談社(講談社文庫)刊
2002(平成14)年5月発行


将棋とわたくしの関係。
幼時に父親から駒の動き方を教はり、興味を持つたわたくし。
長ずるに及び、より強い相手を求めたり、大山康晴十五世名人の著書で独学したり...ま、それも精々中学生くらゐまでですね。高校生にもなると、周囲に強い奴はうようよしてゐます。いや、うようよしてゐるのなら大して強くない。結局わたくしは大して上達してゐなかつたことになります。
それでも将棋に対する興味は失ふことなく、漫画の『月下の棋士』などは愛読してゐました。能條純一さんの作品ですが、「あンた、背中が煤けてるぜ」と言ひさうな主人公が痛快でした。

その『月下の棋士』に登場した「村森聖」のモデルこそ、本書『聖の青春』で語られる村山聖さんであります。
村山さんは5歳にして、難病ネフローゼの診断を受けます。父・母・兄のそれぞれが、かうなつたのは自分の責任だと自分を責めるのです。そしてせめてもの罪滅ぼしに、聖さんの我儘や要求は出来る限り受け入れやうと。涙が出さうな家族ではありませんか。

結果的には難病に犯されたせいで将棋の世界で名を馳せることになりましたが、その代償も大きかつたと申せませう。希代の神童、天才と謳はれながら、やはり病のせいで念願の名人位を手に入れることなく、29歳の若さでこの世を去りました。その無念は如何許りでせうか。羽生善治さんが追悼の席で、村山さんと同時代で戦へたことを心から光栄に思ふ、と述べたのは本心からの言葉でせう。

著者大崎善生氏の筆力も相俟つて、将棋に興味の無い人でも一気に読めるのではないでせうか。少なくともわたくしは泣いてしまひましたよ。感動の一冊でございます。

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
FC2カウンター
FC2アフィリエイト
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
リンク
フリーエリア
ブクログ                                                      にほんブログ村 本ブログへ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。