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脂肪のかたまり


脂肪のかたまり (岩波文庫)脂肪のかたまり (岩波文庫)


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脂肪のかたまり
ギー・ド・モーパッサン【著】
高山鉄男【訳】
岩波書店(岩波文庫)刊
1938(昭和13)年4月発行
1957(昭和32)年4月改版
2004(平成16)年4月改版


『脂肪の塊』といふ表記に慣れ親しんだ人が多いだらうと思ひますが、岩波文庫の新しい翻訳では『脂肪のかたまり』とひらがな表記になつてゐます。理由は知りませんが。
その脂肪のかたまりといふのは、この小説の登場人物である一人の娼婦のあだ名です。
フランス語で「ブール・ド・シェイフ」と呼ぶのを直訳したものですね。それにしてもあんまりなあだ名です。

その「ブール・ド・シェイフ」は乗合馬車で、6名のブルジョワジーと乗り合せます。皆俗物といふか、とにかくいやらしい人物として描かれてゐます。「娼婦」と乗り合せるなんて、何と汚らはしいことでせう、などと彼女に対する侮蔑を隠しません。
馬車は予定よりも大幅に遅れ、食事をする予定の土地までなかなか到着しません。皆が空腹で苦しんでゐる時にブール・ド・シェイフは、持参の食物を皆に与へて、刹那的な感謝を受けるのですが...

モーパッサンのブルジョワ嫌ひが実にストレートに表現されてゐますね。しかしブール・ド・シェイフのお陰で救はれたブルジョワどもが、最後に彼女に見せる仕打ちには腹が立ちます。彼女が屈辱に耐へられずすすり泣くラストシーンは、読後も心に残ります。夢に出てきさうな...
この救ひのなさを皆様にも味はつていただきたいと存じます。では。

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鉄子のDNA


鉄子のDNA (小学館101新書)鉄子のDNA (小学館101新書)


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鉄子のDNA
豊田巧【著】
小学館(小学館101新書)刊
2009(平成21)年8月発行


著者の豊田巧さんは、ゲームソフト制作会社「タイトー」の人。
かつて「電車でGO!」といふゲームをヒットさせたプロデューサーださうです。
自分も少しだけやつたことがありますけどね、全然うまく停車させられずに、すぐにやめてしまいました。自分にとつては、ストレスが溜まるゲームでした。
しかし世間的には大ヒットとなって、その後続々と新作が作られたやうであります。

その豊田巧さんが、昨今の「鉄子」ブウムを論じてゐます。
彼は実際に『鉄子の旅』第36旅「『彗星』に乗って高千穂鉄道へ」でゲスト参加してゐますので、その時の縁でかういふ本を出すことになつたのでせう。
実際鉄子は増えてゐますね。或いは今まで隠れてゐたのが、堂堂と表社会に出て来たといふか。
豊田氏は、相次ぐブルートレインの廃止に触れながら、バリバリの鉄オタではない「ソフト鉄」が増えることで、将来の復活も有りうるだらうと分析してゐます。

しかし私は、このブウムがもたらす効果といふものに対しては懐疑的でございます。 鉄オタが注目されてゐるのは、その常軌を逸したと思はれる言動を興味本位で面白をかしく見物するといつた部分が多いのではないか。
鉄子に対しても、鉄オタに対する既成概念から「おお、こんなに可愛い娘がテツ?」といふ野次馬的な興味が中心のやうな気がします。
それでもなほ、「ソフト鉄」が増えるのは良いことだと考へます。本書がその一助となれば良いな、つて感じですかね。

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フラ語入門、わかりやすいにもホドがある!


フラ語入門、わかりやすいにもホドがある!フラ語入門、わかりやすいにもホドがある!


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フラ語入門、わかりやすいにもホドがある
清岡智比古【著】
白水社刊
2003(平成15年)6月発行


ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』の記事にも書きましたが、私の専攻はそもそも仏文学でありました。中国語ではありません。
しかし恥づかしいことに、現在にいたるまで、とてもフランス語が「身についた」とは言へないのであります。テレビのニュース映像などで、サルコジくんが話してゐるのを聞いてゐても、もう半分以上は理解できない情けなさ。学歴詐称と非難されても仕方がありますまい。
一発もう一度入門から始めてみるか! と考へたりもしますが、変なプライドみたいなものが手伝つて、少し背伸びをした教本ばかり読んでしまふ。かういふ人は案外多いのではなからうか。

そこで、読み物として表題の本をとりあげることにしませう。どうでせうか。
まづ著者の清岡さん(父親は詩人の清岡卓行氏ださうです)は、「フランス語」とは言ひません。徹頭徹尾「フラ語」で通します。
完全な話し言葉で語りかけます。語学春秋社の学習参考書「実況中継シリーズ」をさらに柔らかくした感じです。ギャグも飛ばします。
さらに発音記号を廃して、カタカナで発音を表現するといふ、賛否ありさうな手法。まるで「フランス旅行会話ポケットブック」みたい。(そんな本はないけれど)

全体の構成は従来の初級文法書を踏襲してゐて、条件法・接続法のさはりを説明して終りです。
大学でフランス語を専攻しながらものに出来ず、再学習を目論んでゐる人には取つ付きやすいでせう。
つまりある程度予備知識を有する人が読むと、「ああ、さういふ訳なのか」と一人頷くことができる入門書であります。
同著者には、「フラ語」シリーズ『フラ語練習、楽しいだけじゃだめかしら?』『フラ語動詞、こんなにわかっていいかしら?』『フラ語ボキャブラ、単語王とはおこがましい!』『フラ語デート会話、恋ってどんなものかしら?』があり、それぞれのテーマで気になる人は読んでみると良いでせう。
まあ、私に言はれても説得力はないかもしれませんね。では、さらば。

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田舎教師


田舎教師 (新潮文庫)田舎教師 (新潮文庫)


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田舎教師
田山花袋【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1952(昭和27)年8月発行
1967(昭和42)年10月改版


主人公・林清三くんには実在のモデルがゐるさうです。
それかあらぬか、彼の描写にはリアリティがあります。それも目を背けたくなるくらゐの。
彼は文学青年であります。しかし文学で身を立てる事は出来ず、タイトル通りの田舎教師となります。
しかし彼は、このまま埋もれる心算は無い、と考へてゐました。少なくとも教師になりたての時分は。
そしてすでに夢を捨ててしまつたかのやうな市井の人たちに対して、内心反発といふか、俺はさうならないぞといふ意思が見えるのであります。プライドが高いとも申せませう。

それでは清三くんは将来の出世を実現すべく、日夜努力を続けてゐるのかと思へば、それほどでもないやうです。自分の夢を必ず実現するぞといふ意思があまり窺へぬ。
また、好きな女性が出来ても、悶々とするだけで具体的行動には移せません。
何と中途半端なのでせうか。これが「自然主義文学の代表作」の主人公か!
と嘆いても詮無いこと。
それよりも、清三くんのことを、まるで自分の事のやうに感じる人が多いのではないでせうか。
実は私がさうだつたので。
彼に感じたリアリティとは、案外そんなものかも知れません。

ところで私が興味深かつたのは、実は「解説」であります。
この新潮文庫版では、かの福田恆存氏が解説を書いてゐるのですが、この人選はよく分かりません。しかし福田氏だからといつてここでは怖がる必要はないのであります。
彼は何だか厭々解説を引受けたかのやうな書きつ振りなのです。
「(『田舎教師』は)花袋の長編力作であります」などと言ひながら、「たいくつな小説」と断じてゐます。
一応「田舎町の風物や生活」がリアリティをもつて書かれてゐる、などと取つて付けた様なことも言つてゐますが、読者に対して「ああ何だか詰まらなさうな小説だな」と思はせる効果抜群であります。面白いですね。

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全てがゼロ、だから成功する―地図王への道


全てがゼロ、だから成功する―地図王への道全てがゼロ、だから成功する―地図王への道


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全てがゼロ、だから成功する―地図王への道
黒田敏夫【著】
講談社刊
2005(平成17)年4月発行


著者は、地図出版では日本一の「昭文社」を一代で創りあげた立志伝中の人。
自らの破天荒な半生を語ります。文化庁の調査では、「破天荒」の意味を取り違へてゐる人が多いさうでありますが、ここではまさに本来の意味で使用してゐると考へてください。
「おしん」さながらの丁稚奉公に始まり、一攫千金を夢みて地図のセールスマンに転身、そこでアメリカ大使館との取引を得る幸運に恵まれます。
この取引が破格の条件であつたために、昭文社を設立出来るだけの資金を得たのであります

この人のモットーらしきものは、とにかく即断即決即実行と言つたところでせうか。
何しろ判断に3秒以上かけるのは無駄、といふ思想の持ち主であります。
自らの直感を信じてここまで会社を大きくしたのだから説得力はあるものの、凡百の経営者の参考になるかといふと疑問であります。(実際、失敗もあつたやうです。)
特に130億円を投資してサイマップ(昭文社統合地図情報システム)の構築を目指した時は、会計士、役員たちは猛反対であつたといふ。さもありなん。
しかし結果的にこのシステムは、昭文社に大きな益をもたらしたのであります。

昭文社の地図といへば、お世話になつた(なつてゐる)人も多いでせう。
年配の人にとつては「エアリアマップ」の方が通りが良いかもしれません。
私も「ニューエスト」(県別の都市地図帳)は全県揃へましたよ。
鳥取県・島根県がなかなか出なくて、いらいらしましたが、最終的に揃へることが出来た。
ところがその時点では、県別地図の主力は「県別マップル」に移つてゐましたので、これまた全冊揃へた...と言ひたいところですが、結局北海道が出版されなくて残念でした。
当時は書店に勤めてゐたので、昭文社の営業の人に「早く北海道を出してよ」と要望したのですが、営業氏が言ふには、北海道の県別マップルを出さうとすると、何ページも同じ道路が細々と続く地図帳になつてしまふから、今後も出ないだらうとの返事でした。なるほど。
まあスーパーマップルの北海道があるから、全然困らないのですがね。

...おつと、自分の事を語つてしまひました。失礼。
何しろ地図は大好きなので。本書でも言及があつた「アルプス社」との比較など、いろいろ語りたいのですが、また今後の機会に譲ることにしませう。ま、誰も興味ないでせうが。
では、ご無礼いたします。

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相撲今むかし


相撲今むかし相撲今むかし


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相撲今むかし
和歌森太郎【著】
隅田川文庫刊
2003(平成15)年6月発行


さて両国国技館では、大相撲秋場所が始まりました。
稀勢の里のあの体たらくは何でせうか。困りましたね。
それにしても彼にはもう少しましな醜名を与へて貰ひたいものです。
把瑠都も横綱相手に脇が甘すぎると思ひます。
舞の海さんが指摘するごとく、工夫が感じられませんね。これでは稽古不足の横綱さへ倒すことは敵はないでせう。大関を狙ふ存在として、両者には明日以降期待しませう。

『相撲今むかし』は、元々1963(昭和38)年に和歌森太郎氏(民俗学)が河出書房新社から出した本の復刊です。
しかし相撲は伝統を重んじる世界。内容は今読んでも充分通用するのであります。
ま、それだけ変化がない世界とも言へる。
相撲の歴史を語る前に、第1章として「相撲の魅力」が語られます。この民俗学者が相撲好きだつたことが分かりますね。
相撲部屋制度、番付について、相撲教習所のカリキュラム、タニマチとの付き合ひなど、簡潔に説明してゐます。相撲界に対して、好意的な筆致であります。
ゆゑに、あまり相撲界の暗部については語られません。物足りない向きもあるでせうが、だからこそ各方面から「教科書」として重宝されるのでせう。
前理事長の北の湖親方も推薦文で「私が横綱を夢みて、土俵の砂にまみれていた相撲教習所時代のなつかしい教科書でもあった」と述べてゐます。

秋場所初日は、千代大海がコケたが、それ以外の横綱大関は安泰であつた。結構な話でありますが、やはり日本人力士に活躍して貰ひたいですね。
番付を見ますと、日本人最高位は琴光喜。続いて魁皇、千代大海か...ううむ。

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わが弟シャルル・アズナヴールの想い出


わが弟シャルル・アズナヴールの想い出わが弟シャルル・アズナヴールの想い出


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わが弟シャルル・アズナヴールの想い出
アイーダ・アズナヴール【著】
南部全司【訳】
審美社刊
2003(平成15)年3月発行


私にとつてシャンソン界の大物とは、レオ・フェレ、ブラッサンス、ジルベール・ベコー、イヴ・モンタン、そしてこのシャルル・アズナヴールが五人衆であります。あまりに通俗的でせうか。(もちろん他にも大勢ゐるのですが、話を単純化するために今日のところはさういふことに...)
この中で現在なほ健在なのはこのアズナヴールだけになつてしまひました。彼もすでに85歳の高齢でありますが、元気に活躍を続けてほしいですね。

本書はアズナヴールのお姉さんアイーダが綴つた、シャルル及びアルメニア難民としてのアズナヴール一家の歴史です。
原題は「プチ・フレール」。即ちずばり「弟」といふ意味ですが、これでは素気ないと考へたのか、邦題は商売気を存分に発揮してゐます。
アルメニア人として(アズナヴール自身は生誕時からフランス国籍を持つてゐたさうです)迫害を受けた話は、レコードの解説などで繰り返し書かれてゐることですが、実の姉が書いてゐるので、実に臨場感があります。おそらく評論家たちも初めて知る事実が多いのではないでせうか。
悲惨な体験を重ねながら、常に前を向いて楽天的に生きてきたこの一家。
読み進んでいくほどに、まるで自分の身内のやうに感じられて、
「がんばれ」とか「良かつたなあ」などと内心つぶやいてゐます。
万人が興味を持つ題材ではないかも知れませんが、シャルル・アズナヴールの名を知る人には一読をお薦めします。

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阿房列車


阿房列車

阿房列車
内田百【著】
旺文社(旺文社文庫)刊
1979(昭和54)年10月発行


「阿房といふのは、人の思はくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。用事がなければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ。」
何といふ名調子。これは冒頭の文章ですが、この3行ちよつとに「阿房列車」シリーズの本質が述べられてゐます。

大阪に用事もなく行くのだから、行きは一等車に乗りたい。しかし大阪からの帰りは、東京へ帰るといふ用事が発生するので、三等車で構はない。しかしどつちつかずの曖昧な二等車には乗りたくないといふ。
独特の美学であります。因みに一等車とは、現在のJRでは存在しないグレードの車両です。二等車・三等車はそれぞれ現在のグリーン車・普通車に相当します。

偉さうなことを言ひながら、面倒な事はすべて同行のヒマラヤ山系氏に押付け、更に遠慮なく不満をぶつくさ述べる偏屈な小父さんなのですが、これが滅法面白い。山系氏との、咬み合はない会話が最高です。「貴君」「ボイ」など用語の使ひ方も知らず知らずのうちに真似てしまひます。

ところで、この作品は新潮文庫やちくま文庫で入手容易でありますが、今回私はこの旺文社文庫版を強くお勧めしたい。新潮やちくまの版では、残念ながら現代仮名遣ひに改められてゐるのです。これはいけません。旺文社文庫では、内田百作品を40冊ほども出版してゐたのです。まさに旺文社版百全集ともいふべきか。
現在は絶版。何しろ旺文社文庫自体がもうすでに無いのだから、詮無いことです。しかし今なら何かしらの方法で手に入る筈ですので、何とかして入手せよ。(偉さうに言ふなよ)

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オリンポスの果実


オリンポスの果実

オリンポスの果実
田中英光【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1951(昭和26)年9月発行
1967(昭和42)年11月改版


師匠・太宰治を私淑するあまり、太宰の墓前で自殺してしまふほどの人物であります。いかなる無頼な小説であらうかと読み始めたのですが、実に甘つたるい青春小説でした。
主人公・坂本君はロスアンゼルス・オリンピックのボート競技選手。本文中に「四年後のベルリンに備えて」といふ記述がありますので、1932年の第10回大会のことと思はれます。
ロスへ向かふ船旅中に、高飛び選手の熊本秋子さんと出会ひ、以降彼の関心はほぼすべて「秋ッぺ」に注がれる事になります。肝心のボートの結果は、予選敗退といふ苦いものでした。
競技の結果も出せず、彼女との進展も無く、失意のまま横浜港へ帰る―

乱暴にまとめれば、だいたいかういふことを、「十年近い歳月」を経た後に、手記といふ形で熊本秋子さんへ語つてゐます。
「あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか」といふ疑問を呈する目的で、この長々とした手記を書いたといふことになります。解説の河上徹太郎氏の指摘するごとく、読者は延々と惚気話を読まされたやうな気分になるのではないでせうか。青春小説と言はれてゐますが、若い人が読むと逆に馬鹿にして放擲するかもしれませんね。
しかし不思議に読後感は悪くありません。とにかく奇妙な小説としか言ひやうがない。
ところが残念ながら絶版ださうです。新刊書店では入手不能。
ではごめんください。

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