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ちばあきおのすべて


ちばあきおのすべて―「キャプテン」から「チャンプ」までの軌跡 (ジャンプコミックスセレクション)ちばあきおのすべて―「キャプテン」から「チャンプ」までの軌跡 (ジャンプコミックスセレクション)



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ちばあきおのすべて
ちばあきお【著】
ホーム社刊
1994(平成6)年9月発行


去る29日は、故・ちばあきおさんの67回目の誕生日でした。
私はちばさんの漫画はほとんど読んでゐる筈でしたが、本書に収められた「犬と少年」は知らなかつた。
また、弟の七三太朗さんがシナリオを書き、弟子の高橋広さんが作画を担当した「その後の谷口くん」が収録されてゐます。
谷口くんとは、代表作『キャプテン』『プレイボール』の主人公で、ちばさんは高校三年生までしか彼を描いてゐません。
それで「その後」といふ訳ですが、彼はイキナリ「谷口工務店」の主として登場します。立派な中年男。息子は父親と同じ墨谷高校で野球部に所属してゐますが...興味のある方は読んでみてください。たぶん入手できます。

ちばさんの漫画はコマの書き方や吹きだしが行儀好いです。兄のてつや氏はコマが上下に食み出し、ページ数が全く印字できないのと好対照です。
例へば、今手元にちばてつや『のたり松太郎』32巻がありますが、目次を見ると第五話の「コワバリ松」は109ページださうです。
しかし109ページを探し当てることは困難です。本書にはただの1ページも、ページ数が印字されてゐないから。これはひどい。

それはそれとして、本書には関係者による「回想ちばあきお」のコーナーがあり、その中で本宮ひろ志氏の過激な発言が面白いのです。
テレビのタレント、漫画家、その読者たちなどをバカ呼ばはりして憚りません。

「百人のマンガ家がいたら、作家性をしっかりそなえた描き手は十人だろう、残り九十人はバカだ。そのバカマンガ家が九十万人のバカ読者を作ってしまった。バカマンガ家になれているバカ読者よ、ちばあきおのマンガを全巻読んでみるがいい。そしてそこから得られる感動、人間の持つ豊かさ、あたたかさを身にしみて感じるがいい。(中略)ちばあきおのマンガを読んで何が本物であるか、何が素晴らしいかを学んだら、クソマンガなんかもう読むな。そして本物以外は捨ててしまえ。時間のムダだから」

罵詈雑言は面白いですねえ。ちなみに、ほかに赤塚不二夫・水島新司・永井豪・政岡としや・武論尊・秋本治・武田鉄矢・浜田剛史の各氏が回想文を寄せてゐます。
私も、ちばあきおマンガについては、語り出したら一晩では終らないので、この辺で失礼します。
ところで、本宮さんの暴言、ただの暴言ではないと思ひませんか?

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野火


野火 (新潮文庫)野火 (新潮文庫)



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野火
大岡昇平【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1954(昭和29)年4月発行
1987(昭和62)年5月改版


『野火』の舞台は、敗色濃厚となつた戦時中のフィリピンです。
田村一等兵は結核といふ因果な病に冒され、病院からも追い出されます。
分隊長からは、食糧を持たぬ病気持ちは面倒見れないといはれ、どこへも行くところがなければ死ねと突き放されるのであります。

 「臓腑を抜かれたような絶望と共に、一種陰性の幸福感が身内に溢れるのを私は感じた。行く先がないというはかない自由であるが、私はとにかく生涯の最後の幾日かを、軍人の思うままではなく、私自身の思うままに使うことが出来るのである」

何といふ悲しい「幸福感」、やるせない「自由」でせうか。
田村は単身フィリピンの荒野を放浪し、緊張感の持続する体験をします。はづみで現地の女性を射殺してしまつたり。
途中から行動を共にする安田、永松らは「猿」を捕えて食糧にするといふ。ん?「猿」とは...?

緊張感のある引き締つた文章で、読者は容易に『野火』の文芸世界に入ることが出来ます。
著者のキリスト教体験が効果的に生かされてゐます。寓意をどう読み取るかは人それぞれでせうが...
難解な用語や言ひまはしもところどころに存在しますが、まことに歯応へ・読み応へのある小説と申せませう。

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相撲百科


相撲百科

相撲百科
もりたなるお【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1988(昭和63)年7月発行


さまざまな話題を残して一月場所(初場所)は閉幕しました。
千代大海の引退もありましたが、私にとつてはやはり魁皇の新記録でせうかね。
観客席には今場所も杉山邦博さんの姿があり、ほつとしたものです。
ところで初場所といふのは何となく変な名称です。今更ですが。
年二場所時代は、1月が春場所で、5月を夏場所と呼称してゐました。旧暦時代の命名なので、これでいいのでせう。
現在は大阪で開催される三月場所を春場所と呼び、一月場所は初場所となつてゐます。まあ新年初めての場所といふ意味でせうかね。

大相撲はかなりの歴史があるため、なかなか新記録は出ないと思はれるかも知れませんが、どうやらさうでもないやうです。特に「積み重ね式」の記録(今回の魁皇のもさうですね)はまだまだ余地があることが分かります。
相撲の興行自体は大昔からあるものの、今と同じ年6場所制になつたのは1958(昭和33)年、漸く半世紀を過ぎたところなのです。
従つて「最多○○」とか「通算○○」とかいつたたぐひの記録は、まだ今後も更新が続くと私は睨んでゐます。私が睨んでも詮無いことですが。

なぜさういふことを想起したのかといふと、もりたなるお著『相撲百科』を読んで、その記録面の変化を改めて感じたからでございます。
例へば「優勝三回でも大関どまり」の章。戦前の名大関・清水川が三度の優勝をしたにもかかはらず、横綱になれなかつた話を紹介し、不運であつたと述べる。
しかし今や大関どまりの力士でも優勝三回は珍しくないのです。最近は栃東がさうでしたし、千代大海でさへ(失礼)三度の優勝を果たしてゐます。更に大関のまま終るだらうと目されてゐる魁皇にいたつては、五回も最高優勝をしてゐるのであります。

そして現在のモンゴル勢は、連続優勝(朝)・年間全場所制覇(朝)・年間最多勝(白)など、それまでもう破れないだらうといはれた記録を次々に更新してゐます。かつてのハワイ勢など吹つ飛ぶ活躍ぶりであります。
特に白鵬はまだ年齢的に若いので、今後も記録を塗り替る可能性はありますね。

しかし本書は読み物として面白い。後半ほど雑学的な内容になり(まあ一冊まるごと雑学と言へるが...)、最後は問題点で締める。八百長問題も次のやうにいなす。
「お相撲さんも商売だから、たまには、と思っていたほうが、気が楽であろう。
 証拠がないものは、無実とするのが民主主義である。少し筆が滑ったかな」

大人であります。

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翻訳の技術


翻訳の技術

翻訳の技術
中村保男【著】
中央公論社(中公新書)刊
1973(昭和48)年12月発行


故・中村保男氏の翻訳論であります。
まづかなり長い「序にかえて」で、自身の外国語(英語)学習を振り返ります。特に奇抜な学習法ではなく、正攻法で英語をマスターされたやうです。
それにしても、単語カードの活用は効果が高いのですねえ。今は至れり尽くせりのツール類が、却つて学習者を甘やかせてゐる面もあるのではないでせうか。やはり自分の手で書きながら覚える手法は欠かせない。

パートⅠの「翻訳とは何か」では翻訳不即不離の原理を説きますが、これがなかなか一筋縄ではいかないのです。
逐語訳と意訳のはざまで苦しむ翻訳家の姿が窺へます。
そもそも、海外古典作品の現代日本語訳とは? これはすでに二重のフィルターがかけてあるのでは? などと考へ出すときりがないのであります。

パートⅡ「翻訳の実際」では第一章の「『ハムレット』の翻訳」が面白い。本書全体の中でもさはりですね。
本書が世に出た36年ほど前の時点で、『ハムレット』の翻訳は何と14人もの翻訳者が手がけてゐたさうです。
時代とともに翻訳の日本語も古びていくので、時代ごとに新しい翻訳があつても好いでせうが、14人は多すぎやしませんか。
中村氏は、それぞれの翻訳を比較しながら論じてゐますが、やはり師匠格の福田恆存氏の訳業が総合的に一番優れてゐる...と断定はしてゐませんが、明らかにさういふ意見であることは間違ひないでせう。そしてそれは身びいきばかりとも思へません。
古典の邦訳として、意図的に古めかしい日本語を駆使しながら、現代人にも理解しやすい翻訳...難しい条件を見事にクリヤしてゐます。
他の章でも福田氏への言及は多く、中村氏本人が述べるやうに、本書はまるで「断片的な福田恆存論」と申せませう。

第二章・第三章ではそれぞれ外来語・外国語教育について論じてゐます。即ち「翻訳」といふ切口は、それだけ言語全体に関る問題なのでせう。ちなみに著者は、早期(幼時)の外国語学習には反対の立場であります。
言葉に関心のある人ならば、本書は必ず興味を持つて読破できるはずです。
...しかし入手は結構困難です。

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ひめゆりの搭


ひめゆりの塔 (講談社文庫)ひめゆりの塔 (講談社文庫)



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ひめゆりの搭
石野径一郎【著】
講談社(講談社文庫)刊
1977(昭和52)年6月発行


本書『ひめゆりの搭』は、その悲劇の僅か4年後、1949(昭和24)年に発表されてゐます。
おそらく当時の本土人(やまとんちゆう)は、ひめゆり部隊の存在すら知らなかつたでせう。
ノンフィクションではなく小説として書かれてゐるので、史実そのものではありません。
しかし大筋では、主人公伊差川カナを通して、実際の流れをなぞつてゐるやうです。

南風原野戦病院に、移動指令の伝達が飛び込んできました。軍医長は恨み節です。
「せめて二時間早く指令を出すべきだよ。こんな時間に、そとへ出すなんて法があるもんか!伝令の小僧めら、道草していやがったんじゃねえのか」
死の行進が始まるのです。
カナは独力で、或いは助け合ひながら行進を続けますが、冷静な思考を失ひません。
もうこのいくさは終つてゐる、投降するのが一番なのだが―

現在でも基地問題などで、沖縄は振り回されてゐます。
結局大和人は、沖縄のことは他人事と感じてゐますね。自分も含めて。
「こんなちっぽけな島のために、こうしてわれわれは命をかけてきてやっているんだ」
「友軍機は、大事なところで戦ってござるんだ!おら、ちゃんと知っとる。―こんな貧乏な島なんか、あとまわしでじゅうぶんだい!」
まあここまで極端なことを言ふ人は現在滅多にゐないでせうが、事実を良く知らぬままに思ひつきの意見を押し付けることは避けたいものであります。
本書は、その入門篇として今後も存在価値を持ち続けるでせう。

追記 沖縄の北谷町に、親戚がゐます。カデナエアーベースのすぐ近くです。いはゆる嘉手納基地からも直線距離で3キロ程度。しかし全然飛行機の音などしないのですよねえ。聞いてみても、いつもこんな感じで静かだと...
不思議であります。

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カレチ 1


カレチ 1 (モーニングKC)カレチ 1 (モーニングKC)



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カレチ 1
池田邦彦【著】
講談社(モーニングKC)刊
2009(平成21)年12月発行


「モーニング」にて間歇的に掲載されてゐた漫画ださうです。
私は店頭で単行本を見て初めてその存在を知りました。

タイトルの「カレチ」、この用語の意味を知る人は案外少ないのではないでせうか。
私はなぜか子供の頃から知つてゐましたが、「旅客専務列車長(リョクセンムッシャョウ)」の略号であります。要するに国鉄(現JR)の専務車掌です。普通の車掌さんは「レチ」で、それよりも格が上なのであります。
ちなみに車掌長は「レチチ」とよびます(レチ長)。言ひにくいのであります。

この漫画では、昭和40年代の国鉄を舞台に、新米カレチである荻野くんの奮闘ぶりが描かれます。
荻野くんは、普段は何となくぼやあーとした感じの青年ですが、困つてゐる乗客に遭遇すると看過できない性格で、それが原因でベテラン運転士や老駅長などと衝突したりします。
しかし彼の、乗客のためにベストを尽くす姿勢は周囲の皆が一目置くところのやうです。

さて、荻野くんの勤務する特急列車が雪で遅れてゐます。途中の停車駅で接続するローカル線に乗換を要する女性がゐました。危篤の母にどうしても会つて言ひたいことがある...しかし彼女一人のために、雪の中を必死に定時運転に努めてゐるローカル線を長時間待たせる訳にはいかないのです。
そこで彼は乗換客が21人ゐる、と水増しして報告します。もちろん処分は覚悟の上です。ローカル線列車は待つてゐてくれましたが、彼の水増し報告を知つて...荻野くん、大ピンチですが、そこで予想外の展開が!

鉄道の現場が舞台になつてゐますが、全くメイニアツクではありません。
ほろりとする人情物語が中心となつてゐますので、非鉄にもおすすめです。まあ、出来すぎたストーリーと言へば言へなくもないですが、一所懸命の荻野くんに免じて一読あれ。

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「婚活」時代


「婚活」時代 (ディスカヴァー携書)「婚活」時代 (ディスカヴァー携書)


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婚活」時代
山田昌弘/白河桃子【著】
ディスカヴァー・トゥエンティワン刊
2008(平成20)年3月発行


ゆゑあつてかういふ本も読んでゐます。

婚活なる言葉も、すつかり定着したかに見えますが、実はほんの2年ほど前に世に出たのであります。
本書の著者の一人である山田昌弘さんが、就職活動(就活)と同様に、結婚活動(婚活)も必要な時代になつたとして提唱したのださうです。

顧みれば、以前の日本人は、大人になれば何となく結婚してゐて、40歳になつても独身なのは何か訳ありなのか?と不審がられることさへありました。
例へば男性の場合、特段に女性との付き合ひが得意でなくても、周囲のお陰でお嫁さんの来手はあつたものでございます。
それが今や、希望通り結婚できる人と未婚者へ二極分化してゐると山田さんは指摘します。
未婚者が増えると少子化に拍車がかかり、日本の将来に禍根を残す...
だから婚活だ! といふところですか。

では具体的にどうすればいいのか?
著者たちは「女性たちよ、狩に出でよ。男性たちよ、自分を磨け」と尻を叩きます。
結婚情報サービス・合コン・ネット婚などを説明してゐますが、正直、「こんな苦労してまで結婚なんてしたくないぜ」といふ御仁もゐるでせう。

しかし本書の述べる現状は、おそらく間違ひなくその通りなのでせう。ぼやつとしてゐる人たちに警鐘を鳴らすには、十分過ぎる効果がある一冊と申せませう。

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大人のための残酷童話


大人のための残酷童話 (新潮文庫)大人のための残酷童話 (新潮文庫)



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大人のための残酷童話
倉橋由美子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1998(平成10)年7月発行


日本や外国の童話。世界の神話。年少向けの名作...
おなじみのタイトルが並びます。「人魚姫」「一寸法師」「白雪姫」等等...
油断して読み始めると、頭をガンと殴られたやうな衝撃が走るのであつた。

26篇もあるので一つ一つの感想を述べるのはやめませう。しかし誰もが幼時に親しんだ童話が換骨奪胎されて、最初はニヤリとするかも知れないけれど、その寓意をもつて我が身を振り返りますと、いづれも嫌になるほど思ひ当ることばかりなのです。
即ち物語の内容が残酷なのではなく、読者に対して残酷な仕打ちをする童話集ですな。
毒物注意と言つたところでせうか。

やはり私としては、「愚かな者は救はれない」といふのが教訓と申せませうか。
愚者=大衆とするならば、それこそ救ひがない。やはり残酷童話ですね。
...毒が効き過ぎたせいでもありますまいが、本書も残念ながら絶版ださうです。

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頭にいっぱい太陽を


頭にいっぱい太陽を

頭にいっぱい太陽を
イヴ・モンタン【著】
渡辺淳【訳】
講談社刊
1982(昭和57)年10月発行


イヴ・モンタンが亡くなつてからすでに18年。
世界的な大スタアで、「世界の恋人」なんて呼ばれてゐました。
シャンソン歌手・俳優としてひとつの頂点に立つた1956年頃の自伝であります。当時講談社から同じ渡辺淳さんの翻訳で刊行されました。
自伝といつても、テープレコーダーに向つて喋つたものを編集したもののやうです。本人が終りの部分でさう言つてゐますから。
「わたしは青い肘掛椅子にかけて、わたしの人生の一片を地球のように容赦なく回る機械に語り終えたところである」とあります。

そして26年後の1982(昭和57)年、装ひを変へて再び世に出たのが本書。
四半世紀の時を経て復刊されるとは、一体この時期に何があつたのか?
実はイヴ・モンタン、1968年のオランピア劇場でのリサイタルを最後に、歌手活動を停止してしまつたのであります。
俳優に専念し、それはそれで充実した仕事ぶりだつたのですが、やはり彼のファンはシャンソンを聴きたいのです。
その渇望感が沸騰した1981年、遂にモンタンは13年ぶりに再びオランピア劇場に立ち、歌つたのであります。
当時「モンタン復活!」の一報は、歓迎とともに世界を駆け巡つたものです。
そしてその興奮さめやらぬ1982年、本書は復刊されたのでありました。

貧困と迫害の幼少時から、度重なる辛苦を舐めながら、エディット・ピアフの知己を得て映画スタアとして成功する―
ひとことで言つてしまへばさういふことですが、理不尽な暴力に対する反骨心が全篇に溢れてゐます。少し翻訳文が生硬な感じがしますが、まあ言はぬことにしませう。
かかる体験が政治的な発言・活動に向かはせたのでせう。実際モンタンは大統領選出馬の噂が何度も出たくらゐです。
もつとも、ファンとしては余計な事に力を分散させて欲しくなかつたので、これで良かつたと思ひますが。

なほ、本書を現在入手するのは、少々難しい...

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大剣豪


大剣豪 (講談社文庫)大剣豪 (講談社文庫)



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大剣豪
清水義範【著】
講談社(講談社文庫)刊
2000(平成12)年5月発行


正月は時代劇が似合ひます。特に剣豪もの。
テレビ東京が毎年正月に放映してゐる長時間時代劇、今年は久々に観ました。
以前は確か12時間放送でしたが、今は7時間に短縮されてゐるやうです。それでも長いですが。

今回観る気になつたのは、『柳生武芸帳』といふことで柳生十兵衛が主役だから。
反町十兵衛については、見る前は期待と不安半々でありましたが、まあ無難なところでせうか。
斬られ役の福本清三さんもしつかり出演し、見事に斬られて見せ場を作りました。
しかし全体に今の時代劇は殺陣が軽いやうな気がするのです。動きすぎますね。ま、いいけど。

清水義範著『大剣豪』は、そんな剣豪好きの私の為にある(かのやうに思はれる)一冊でございます。
時代小説のパスティーシュが十篇。粒が揃つてゐます。
その中でも、やはり正統的(?)な痛快娯楽剣戟小説がよろしい。表題作の「大剣豪」を始めとして、「大江戸花見侍」「ザ・チャンバラ」といつた作品群であります。
特に「ザ・チャンバラ」は剣戟活劇といふよりドリフのコントかと見紛うやうなふざけぶりで、古今東西の剣豪(のパロディ)が次から次へと登場するのです。
といつて茶化してゐる訳ではなく、作者の剣豪に対する愛情も感じられ幸せな気分になります。

やはり清水義範さんは正月向きの作家ですね。
といふことで(?)、2010年もよろしくお願いします。

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