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「最長片道切符の旅」取材ノート


「最長片道切符の旅」取材ノート (新潮文庫)「最長片道切符の旅」取材ノート (新潮文庫)



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最長片道切符の旅」取材ノート
宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2010(平成22)年10月発行


『最長片道切符の旅』は、宮脇俊三さんの2作目にあたる著作であります。
処女作『時刻表2万キロ』で国鉄完乗を果たし、ついで最長片道切符で「一筆書き」の旅をする。この時代の宮脇節は文句無く面白いのであります。宮脇氏の著作でおすすめを訊ねられたとしたら、私は「古ければ古いほど面白い」と答へるでありませう。

そして本書はその『最長片道切符の旅』の取材ノートであります。
「まえがき」を書いてゐる次女の宮脇灯子さんによると、宮脇俊三さんは旅の取材中はあまりメモは取らなかつたやうであります。しかし本書に関しては、ノート11冊分に及ぶ大量のメモ(といふか日記?)が遺されてゐました。それを書籍化したのが本書であります。

本来メモといふのは、備忘録と呼ぶごとく、あくまでも本人の記憶を助ける走り書きみたいなもの。それをそのまま商品化するのは、よほど歴史的価値を持つものとか、文壇史に名を残す大文豪のものくらゐでせう。
私も本書が単行本で出た2年前、「ファン垂涎の書」などと煽つてかかる商売をする姿勢に反発したのでした。しかしそれでも買つてしまふ読者の業よ...

しかし本書を一読して驚きます。メモといへば普通断片的なフレーズが箇条書きになつてゐたりして、第三者が見ても判別不能な暗号みたいなものですが、これは違ひます。
ほとんど日記と呼んでいい内容で、紀行作家のネタ帳としても一級品と申せませう。そして原武史氏のメイニアックな注釈。商品としても価値のある一冊と認めざるをえないのであります。

ただ、灯子さんがいふやうに、当の宮脇氏本人はあの世で、苦虫顔で悪態をついてゐるに相違ありません。残された者たちの愉しみとして許してくださいと、私はお願いするのみであります。

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英語教育大論争


 

英語教育大論争
平泉渉/渡部昇一【著】
文藝春秋刊
1975(昭和50)年11月発行


先日新聞の朝刊に、鳥飼玖美子さんの記事が載つてゐました。
英語学習に明け暮れてゐた少年時代の、憧れの人物であります。ますます活躍中といふ感じで、嬉しいのであります。
その鳥飼さんによると、平泉・渡部論争といふのは、結局今でも決着は付いてゐないのださうです。

発端は1974(昭和49)年、当時自民党の参議院議員だつた平泉渉氏が提言した「外国語教育の現状と改革の方向」といふ試案であります。
これによると、日本国民子弟のうち9割以上が、中学高校と6年間も英語を勉強しながら、その成果は全くあがつてゐないと指摘し、その理由として①学習意欲の欠如(英語ができなくても日常生活で困らない)②内容が高度すぎる③不効率な教授法の3点であると主張します。
改革案として、①義務教育から英語を外し②中学では「世界の言語と文化」みたいな教科をつくり、広く基本的な常識を教授する③高校では志願者のみに英語を課し、完全集中訓練とする。
その結果、全国民の5%(当時で約600万人)が英語の実用能力者を輩出できればたいしたものである、といふのが試案の梗概と申せませう。

これに対して渡部昇一知的生活教授が、この試案は亡国の試案であると批判し、わが国には以前から優れた語学の使ひ手がゐるではないか、成果があがつてゐないといふのは先達に対して失礼であると反論したのであります。
「世はまことにルサンティマンの時代である」の名文句で始まるこの文章では、現状の英語教育は悪くないとあへて述べてゐます。平泉案が会話能力に偏してゐて、文法や読み書きを軽視してゐるとの認識でせうか。

最終章は両者の対談で、直接対決となります。司会として鈴木孝夫氏が登場しますが、レフェリー役の筈が、どうも渡部ルサンティマン教授に肩入れしてゐるやうな意見が目立つのです。
この対談もさうですが、この論争全体でも両者の論旨が噛合はない印象なのです。
渡部氏は反論に対してはぐらかして別次元の話を持ち出すし、平泉氏は肝心の場面では政治家の答弁のやうな論調になつてしまふからでせう。
とはいへ、知的スポオツとしての愉しみが本書にはあります。まあ、手に入るやうなら読んでみてください。

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満員御礼!


満員御礼!―大相撲なんでも早わかり (講談社文庫)満員御礼!―大相撲なんでも早わかり (講談社文庫)



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満員御礼
銅谷志朗【著】
講談社(講談社文庫)刊
1996(平成8)年1月発行


「大相撲ダイジェスト」でおなじみだつた銅谷志朗さんであります。横綱千代の富士の全盛時には、自らを「放送界のウルフです」などと自己紹介してゐました。
相撲の「仕切り」が長くてまどろつこしいといふ向きには、「ダイジェスト」はまことに好評でした。
しかし仕切りを楽しむ人たちにとつては、何だか物足りない番組らしい。本書にもありますが、通はこの仕切りを楽しむのださうです。

私が相撲を見始めた頃は、麒麟児とか富士桜とかが、時間前に立つたりして面白かつたのですが、今では必ず制限時間一杯まで使い、更に待つたをしたりして冴えないのであります。解説の神風正一さんも、「お客さんは時間一杯までそつぽ向いとれば良いですよ」とやけくそ気味につぶやいてゐました。

銅谷氏は、教育者の素養でもあるのか、いちいち採点したり説教したりする癖があるやうです。
まづは「解説者の通信簿」。玉の海「時折まどろっこしいという感じを受ける」、若瀬川「声がカン高い感じで、しゃべりから受ける信頼感がちょっと欠けていた気がする」、出羽錦「アナウンサーが質問することに対して、「いえ」という否定的見解を述べることが多すぎて、いやみに感じることがある」...

相撲の楽しみ方とか、相撲協会の組織について、あるいは相撲記者の奮闘振りを解りやすく語つてくれるのですが、日本相撲協会を理想の組織として扱ひ、稲葉修元法相の言葉「相撲協会という組織は、警察機構の次に日本では優れた組織だ」を紹介する。今となつては痛いですな。
また、相撲の観戦切符の入手法が詳しく述べられてゐます。当時(15年くらゐ前)は、かなりの入手困難だつたやうで、「そこまでして...」といふ感が否めないですね。

最後に100問の相撲クイズ。試しにやつてみると、100問中68問しか解りませんでした。銅谷志朗さんの判定は「60問から69問の人は、単なる相撲ファン」ださうです。ははあ。しかし全体にこの判定は厳しいですね。40-49問正解を「相撲ファンではない人」、30-39問は「相撲嫌いな人」、20-29問は「常識のない人」といふ判定ですが、相撲嫌いな人は30問も正解しないでせう。特に関心がなければ、ほとんど解らない人が多いと思いますが、「常識のない人」扱ひはひどいですな。
全体では実に興味深い本なのですが、かういふ上から目線が目立つのが少し残念なところと申せませう。そのせいでもありますまいが、絶版ださうです。ふう。

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邦画の昭和史 スターで選ぶDVD100本


邦画の昭和史―スターで選ぶDVD100本 (新潮新書)邦画の昭和史―スターで選ぶDVD100本 (新潮新書)



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邦画の昭和史 スターで選ぶDVD100本
長部日出雄【著】
新潮社(新潮新書)刊
2007(平成19)年7月発行


作家・長部日出雄さんの邦画ガイドブックであります。
映画は監督で観るものといふ定説に拘泥しますと、抜け落ちる作品が多数出てしまふといふのださうです。そこでサブタイトルで「スターで選ぶ」と謳つてゐます。

タイトルは「邦画の昭和史 スターで選ぶDVD100本」ですが、平成の映画も含まれてゐるし、DVD100本といひながら未DVD化の映画も選んでゐます。
さらに、「スターで選ぶ」の部分も、吉村公三郎・小津安二郎・溝口健二・成瀬巳喜男といつた監督論が飛び出して徹底されてゐません。
要するに、タイトルで内容を表してゐるのは「邦画」の部分だけですかな。

選ばれる映画はおほむね順当なものでせう。もちろん100人ゐれば100通りの選定が考へられますので、あくまでも長部氏が選ぶ100本であります。読者としては、細かいところに目くじらを立てず楽しむのが良い。
基本的に映画を娯楽として捉へてゐるのが良いですな。分かりやすい。次のやうな部分は、大いに首肯するものであります。

「...ある時期から邦画の一部の現場に、観客に解りやすくするのは通俗的で、解りにくくするのが芸術的、映画というのは監督の思想(そんなもの、きみにあるのかね?)を伝えるための手段で、スターを綺麗に撮ることなど二の次、三の次、あるいは問題外という不可思議な迷信が蔓延しはじめた。(中略)批評家の一部も、解らない、といったのでは沽券にかかわるから、意図不明な難解な作品ほど、ことさらに褒めそやす。
 無視された観客が、映画館から去って行ったのは、理の当然であった」

そんな長部氏でありますから、東宝ゴクラク座も大映カツライスも躊躇無く選ぶ。愉快であります。この種の本では、さういふ「通俗映画」を選ぶと、それこそ「沽券にかかわる」として、頭から無視されるのが通例でありますからなあ。
しかし本書で、私が一番共感したのは、『五番町夕霧楼』において、佐久間良子の唇が格好良いと述べ、「この唇を目にするだけでも一見の価値がある佳作」といふ部分であります。本当にその通りなんですよ...

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日本の島々、昔と今。


日本の島々、昔と今。 (岩波文庫)日本の島々、昔と今。 (岩波文庫)



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日本の島々、昔と今。
有吉佐和子【著】
岩波書店(岩波文庫)刊
2009(平成21)年2月発行


先の梶山季之といひ、岩波文庫の顔ぶれも変つてきましたね。
本書は元々1981(昭和56)年に集英社から初版が出てゐました。取材はその前年といふことになります。
有吉佐和子さんは離島小説もいくつか書いてゐて、離島にはとても高い関心を示してゐました。
かういふルポルタージュを手がけるのも必然だつたと申せませう。

とりあげた離島は、焼尻島・天売島・種子島・屋久島・福江島・対馬・波照間島・与那国島・隠岐・父島。
上陸したら、もつぱら漁協を訪ねて、精力的にインタビューをします。この人の取材はいつも強引であります。読んでゐる分には面白いですが、突撃される方は困ることも多いでせう。しかし、手順を踏んだ上での取材では、通り一遍の内容しか得られないだらうことも理解できます。要するにこれでいいのでせう。

本文にもしばしば触れられてゐるやうに、海が国境になり、これらの島では常に隣の国を意識しながらの漁業となつてゐるのです。時には拿捕されたり、拿捕したり。
海洋国家日本の現状(30年前の)が、いかに心もとないかが分かるのであります。

そして番外として、上陸できなかつた島々が「竹島」「択捉・国後・色丹・歯舞」「尖閣列島」であります。きな臭くなつてまいりました。特に尖閣に関しては今まさに問題になつてゐますね。与党の代議士が尖閣の歴史を知らず、「これから勉強して...」なんて言つて失笑を買つてゐましたが、すでに30年前に本書でいきさつと問題点が網羅されてゐるのでした。地主さんの問題もね。「そこに石油があるからだ!」...
わが国の外交は、もう100年は希望が持てさうもないな...

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風の食いもの


風の食いもの (文春文庫)風の食いもの (文春文庫)



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風の食いもの
池部良【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2006(平成18)年8月発行


池部良さんがゐなくなつてしまひました。私の大好きな俳優だつたのに。
それにしても、小林桂樹さん、池内淳子さんに続き、大物が相次いで亡くなつてゐます。何かの連鎖でせうか。
昨日から恒例の追悼上映ウィークとしました。

11日 暁の脱走(谷口千吉)
12日 妖星ゴラス(本多猪四郎)
13日 白夫人の妖恋(豊田四郎)
14日 昭和残侠伝(佐伯清)
15日 恋人(市川崑)
16日 潜水艦イー57降伏せず(松林宗恵)
17日 惑星大戦争(福田純)

いはゆる玄人受けする作品といふよりも、少しゲテモノ入つてゐますね。でも大好きなんだ。
故・井上ひさしさんも「大好きな男優の一人で、出演映画はほとんど観ている」さうです。 『そよ風ときにはつむじ風』の項でも述べましたが、昔は女の子にモテる男を「スケベリョウ」といつたさうです。つまり、池部良さんは二枚目の代表格とされてゐたのであります。

『風の食いもの』は、タイトル通り食べ物に関するエッセイ集ですが、戦争中のひもじい思ひをした頃の話が中心であります。したがつて、いはゆるご馳走はあまり登場しません。
大東亜戦争の敗因は「戦争に引っ張り出された兵士の、食いものの恨みに似た祟りだ」と断言するほど、酷い食糧事情だつたやうです。
そんな時代の話では、暗くふさぎ勝ちになりさうなものですが、池部良さんの筆は飄々としてユウモワさへ漂はせてゐます。これも芸のうちですかな。「もう池部さんはこの世にゐないのだな」と思ひながら読んでゐると、一層切なくなるのでした。

それにしても、これほどの大スタアが亡くなつたといふのに、報道各社の扱ひは小さい。大いに不満であります。
二重に悲しいなあ...

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わが愛の譜


 

わが愛の譜 滝廉太郎物語
郷原宏【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1993(平成5)年7月発行


夭折の天才音楽家、滝廉太郎の評伝小説であります。17年も前に出てゐたのですね。
当時は映画にもなつたやうで、カバー表紙も映画に出演した俳優の写真が使はれてゐます。風間トオルさんですな。

大分県の豊後竹田駅では、列車が到着すると「荒城の月」のメロディが流れます。
私は3度行つてゐますが、いい所ですね。初めて行つたのは学生時代でした。偶然といふか成り行きだつたのですが。
夜行列車「富士」で大分へ到着した私は、荷物をコインロッカーへ預け駅前をぶらついてゐました。すると雑踏の中、若い女性が話しかけてきました。「あんた、大分の人ぢやないね。東京? ふーん、愛知か」。手ぶらで歩いてゐたのに、なぜ地元の人ではないと見破つたのか、不思議でした。
そして明日の予定は?などと聞いてくるので、その時何となく「明日は竹田へ行く予定」と答へると、彼女の態度が一変したのであります。即ち突然尊敬のまなざしになり、言葉遣ひも丁寧になりました。
「きつと、あなたは素晴らしい人ね...今夜どこのホテルに泊まるの? まだ決めてゐない? それならうちに来ませんか。泊まつていけばいい」...彼女は一人暮しだといふのに、さういふ話をするのでした。いささか不安になつた私は適当な返事をして、その場を去つたのであります。
しかし何だか竹田を訪れなければいけないやうな気になり、翌日行くことにしたのでした。

短い生涯の中で、名曲を多く遺した滝廉太郎。改めて早すぎる死が惜しまれます。何となく彼は石部金吉タイプかと思つてゐましたが、本書では実に人間臭く描かれてゐます。せめて中年といはれる年代まで生きていたら、どんな曲を書いてゐただらうかと夢想せざるを得ません...

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女の警察


 

女の警察
梶山季之【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1981(昭和56)年11月発行


チャンネルNECOにて、小林旭主演の「女の警察」シリーズ全4作が一挙放送されました。
いやあ、いいですね。マイトガイ。日活も末期の作品群なので、共演陣はまとまりのない顔ぶれであります。
その中で、シリーズを通して出演する青江三奈さんは「女の警察」にぴつたりであります。
映画に満足したところで原作の梶山季之『女の警察』を読んでみました。

主人公・篝正秋はキャバレーを経営する<暁興業>の保安部長。保安部とは、店に勤めるボーイやホステスなどを管理する部門なのであります。女性のスカウトや引き抜きをしたり、時には借金を作つて逃げたホステスを、草の根を分けても探し出して来るので、人は彼のことを<夜の署長>とか<女の警察>などと呼ぶのでした。

篝の友人である玖島太郎が自動車事故で死亡するところから話が始まります。酒を飲んでの運転といふことで、警察では運転操作を誤つての事故死と断定しました。
しかし彼の未亡人が語つた<夫は殺された>といふ言葉から、調査を始めるのであります。
それとは別に、60万円の借金を踏み倒して逃げたホステスを捜索するうちに、友人玖島が殺されたことをつきとめ、さらに山陽新幹線の用地買収をめぐる汚職を嗅ぎ付けてしまふのです。この辺はいかにも梶山季之らしい。
これらの事件が最後にはすべてつながつてゐることが分かるのですが...

映画を先に観てしまつた人にとつては、「あつ」と驚く結末になつてゐます。
佐野洋氏は「盛り場ミステリー」なるジャンルを命名し、「女の警察」もその優れた実例のひとつであるとしてゐます。
しかし梶山季之の再ブームも遠くなり、入手はあまり簡単では無いかも知れませぬ。ご無礼しました。

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とりあえず日本語で もしも...あなたが外国人と「日本語で話す」としたら


とりあえず日本語で もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら (クロスカルチャーライブラリー)とりあえず日本語で もしも…あなたが外国人と「日本語で話す」としたら (クロスカルチャーライブラリー)



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とりあえず日本語で もしも...あなたが外国人と「日本語で話す」としたら
荒川洋平【著】
スリーエーネットワーク刊
2010(平成22)年5月発行


日本を訪れる外国人が増えてゐる現実を踏まへて、かつてのやうに此方がそれに備へて外国語を話すのではなく、日本語でコミュニケーションしませう、といふ画期的な提言の書であります。
日本人と外国人が、さらに外国人同士が日本語でやりとりすることを「対外日本語コミュニケーション」と名付け、その現状と問題点、解決法を論じてゐます。
といつて、日本に来るからには日本語を覚えて当然、といふ主張ではなく、我々が少し工夫したり学習すれば、普段駆使してゐる日本語で外国の方と意思の疎通が出来るのだ、といふことでせう。

第1章では、「対外日本語コミュニケーション」の現状と問題点を分析してゐます。
即ち「子ども扱い型」「外見予断型」「直情直解型」「高ハードル設置型」「言い換え失敗型」の5つのパターンに分類。それぞれの意味はおほむね見当がつくでせう。あなたも立派な大人を子ども扱ひしてゐませんか。
本書では留学生のホーマー君が、ホームステイ先の奥さんに、箸を使へば「まあ、上手ねえ」と言はれ、たまたま知つてゐる漢字を読めば「偉いわねぇ」、謙遜すると「もう日本人とおんなじねぇ。すごいわぁ!」...第三者として見てゐると、よく分かるのであります。

第2章は「対外日本語コミュニケーションをめぐる考察」。
第1章で分類した5パターンをさらに考察、これらの現象が現れる背景を探つてゐます。「コロケーション」と「チャンク」はぜひ押へておきたいところです。
ここまでは座学といふか、理論編と申せませうか。

最後の第3章では、対外日本語コミュニケーションのスキルを身に付けやうといふ実践編が展開されます。
それぞれの節の終りに、練習問題があるのですが、これが難しい。基本的には、外国の方に分かりやすい表現にするには、どう言ひ換へたら良いのか、といふ問題であります。もちろん私も試みたのですが、惨憺たる出来でイヤになつてしまひました。
しかし、わざわざ日本を選んで来てくれた諸外国の方々に、私たちも応へたいものであります。外国語を猛勉強したり留学したりするより、簡単な「国際化」ではないでせうか。

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