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連合赤軍「あさま山荘」事件


連合赤軍「あさま山荘」事件―実戦「危機管理」 (文春文庫)連合赤軍「あさま山荘」事件―実戦「危機管理」 (文春文庫)



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連合赤軍「あさま山荘」事件
佐々淳行【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1999(平成11)年6月発行


1972(昭和47)年、日本中を震撼させた「あさま山荘」事件を再現したノンフィクションであります。当時現場で指揮をとりました佐々淳行氏が臨場感たつぷりに綴つてゐます。
ところで、今ではこの事件はどのくらゐ認知度があるのでせうか。
事件発生から来年でもう40年になるので知らない人も多いのでせうね。

さういふ「あさま山荘つて何?」と思つた人にとつては、とりあへず読んでおきたい一冊と申せませう。
警視庁の機動隊側から見た一方的な内容だといふ批判も聞きますが、あくまでも佐々氏が自分の立場で書いたものであります。かういふ内容になるのは当然と申せませう。
連合赤軍側からの証言、あるいは長野県警側の言ひ分もあるでせうが、事実をもつて反論するべきでありませう。

また、深刻な内容にも拘らず随所にユウモワを感じさせる箇所があります。これにも難色を示す方々がゐるさうですが、先の見えない現場で指揮をとる立場とすれば、常に張詰めた精神状態でゐるのは限界があるのではありますまいか。それこそ本書に出てくる「シェル・ショック」に陥つてしまふのではないでせうか。意図的に「笑ひ」を挿入させながら任務に就く、といふのも手のひとつと思はれます。

幸ひ、「あさま山荘」に関してはさまざまな立場からのリポートが発表されてゐます。
余裕のある人は読み比べてみるのも一興でございませう。

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千代の富士一代


 

千代の富士一代
石井代蔵【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1991(平成3)年9月発行


横綱白鵬独走の相撲界。白鵬関には何の罪もありませんが、つまらないのであります。
先達ての初場所における白鵬は、圧倒的な強さを感じませんでした。結構スキが有つたやうに思ひますが、稀勢の里関以外は虚しく敗退したのであります。何とかしてくれ。

テレビで昔の(といつても昭和後期くらゐ)取組をVTRで見せてくれることがあります。「昔は良かつたなあ」的な物言ひは好きではないのですが、当時の土俵の充実振りを見ると、やはり隔世の感があります。
この『千代の富士一代』も、そんな時代の物語でございます。

千代の富士を語るにあたつて避けられぬ、九重部屋の歴史から語られます。元々九重部屋は、名門出羽海部屋からの破門騒動から始まりました。
元千代の山の九重親方は次期出羽海を継ぐ予定だつたのが、当時現役の横綱佐田の山が出羽海親方の娘と婚約し、後継者となつてしまつたのであります。
そこで九重親方は独立して部屋を興しますが、当時の出羽海部屋は「分家独立を許さず」といふ建前のため、破門されたといふ経緯がありました。

単なる千代の富士個人のサクセスストオリィではなく、千代の山-北の富士-千代の富士と続く九重三代の物語でもあります。もちろん実話なのですが、石井代蔵氏の筆力により、まことに感動的な「相撲小説」となつてゐます。千代の富士をあまり知らない人に、特に読んでいただきたいと勘考するものであります。

現在の九重部屋は千代白鵬が部屋頭で、唯一の関取。黄金期を思へば、ちと寂しいですな。若い千代の国、千代鳳あたりがきつと頭角を現すのではないか、と期待してゐます。
予想が外れたら、すまん。

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日本文学を読む


 

日本文学を読む
ドナルド・キーン【著】
新潮社(新潮選書)刊
1977(昭和52)年11月発行


以前我が家には新潮社の「日本現代文学全集」全50巻がありました。
父親はとりたてて読書家ではないので、なぜ家にあつたのかは謎でありますが、おそらく誰かから譲り受けたものでせう。
くたばつてしめへ、ではなく二葉亭四迷から始まつて、安部公房・大江健三郎まで、おほむね一人1冊で構成されてゐました。まあ2-3人で1冊分けあつたり、谷崎潤一郎のやうに一人で2冊独占したりと例外はありましたが。
まだ中学生の私は、とにかく頭から読んでみませうと齧り付くやうに格闘した覚えがあります。かなり背伸びをしたと申せませう。

ドナルド・キーン著『日本文学を読む』を読んでゐて、当時のことを思ひ出したのであります。
とりあげる作家たちの顔ぶれも四迷・紅葉・露伴に始まり安部・大江・開高までとほぼ同じ。さういへば本書の初版が出た時期もちやうどその頃ですな。

ドナルド・キーン氏が約50人の文学者を語ります。自身が日本人ではないといふことで、時に誤解を受けたりするやうですが、専門家も含めて日本人でもキーン氏ほどの眼力を持つ人は少ないでせう。
酷評する場合も、全体としてはその価値を認め、愛情を注いでゐます。ゆゑに自分の好きな作家・作品が貶されてゐても不愉快にならないのであります。

「こんなに鏡花の小説にほれている私に、「翻訳する意思はないか」と問われたら、返事は簡単である。「とんでもない、この快感を得るために三十年前から日本語を勉強したのではないか」と。」(泉鏡花)
「日本近代文学を通読すると、私は啄木が最初の現代人であったというような気がしてならない」(石川啄木)
「誰かに聞かれたら、近代文学における最高の大家は谷崎であると敢えて言うだろう」(谷崎潤一郎)
「明治、大正時代の日本の小説の中で、一番感銘を受けるものは有島武郎の『或る女』である」(有島武郎)
「二十世紀の歌人がどんな人であったかということを火星人に説明する必要が起きたら、斎藤茂吉の歌集を見せたらよいと思う」(斎藤茂吉)
「日本の詩人がノーベル文学賞の候補者になることはない。(中略)西脇順三郎はすでに受賞した欧米の詩人に劣らないほど大きな存在だと私は信ずる」(西脇順三郎)
等等、世間の一般的評価を受け入れながらも、独自の視点で「日本文学を読む」のでした。
我々日本人はこんなに豊かな文学世界を身近に持つてゐたのですね。改めて読みたくなる作家が幾人もゐて困りましたな。

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燃えつきた地図


燃えつきた地図 (新潮文庫)燃えつきた地図 (新潮文庫)



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燃えつきた地図
安部公房【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1980(昭和55)年1月発行


失踪した男を捜してもらひたい。といふ依頼を受けた興信所の調査員。
依頼人は男の妻。しかし彼女の話は要領を得ないのであります。手掛りも顔写真1枚とマッチ箱だけ、といふありさま。
重要なことは何も答へず、すべては弟が仕切つてゐる、と繰り返すばかりなのです。

調査員の「ぼく」は、僅かな手掛りから調査を開始しますが、その肝心の弟(胡散臭い)は死んでしまふし、情報提供者だつた筈の田代君の証言は二転三転し、「ぼく」はますます迷宮に迷ひ込むのでした。
読者も「ようこそ迷宮へ」とばかりにふらふら誘ひ込まれ、不安に苛まれてゆくのでございます。

いたづらに観念的にならず、物語としての作りがしつかりしてゐますね。小説の面白さといふものもたつぷり読者に与へてくれる作品と申せませう。『砂の女』-『燃えつきた地図』-『箱男』と連なる作品群は、今から思ふとほとんど奇跡と呼べる存在ですなあ。
たぶん今でも入手は容易であります。読みませう。

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日本のアクション映画


 

日本のアクション映画
西脇英夫【著】
社会思想社(現代教養文庫)刊
1996(平成8)年8月発行


歳を重ねると、病の治りが遅い。近年とみに感じるこの頃。
起きたり伏せつたりの日々でして、薬を飲んでやうやく通常の生活が戻つてまいりました。皆様も身体注意でございます。

映画評論家の西脇英夫氏が、その初期に発表した日本のアクション映画論であります。
本人もあとがきで「部分的に針小棒大にして誇大妄想の気味がなきにしもあらず」「恥を知らぬ若書きの為せるわざか、よくもこう大胆に、手前勝手な論陣を張ったものだ」などと述懐してゐますが、確かに随所に若さ溢れる評論集と申せませう。

さて日本のアクション映画といへば、まづ日活。
そこで最初の章では、日活アクションの歴史を概観してゐます。中期以降の、正義の味方になつた石原裕次郎に手厳しいのであります。
次いで日活のアクションスター・監督論。意外と小林旭のコメディ・アクションを高く評価してゐます。この人のアウトロー理論では、とるに足らぬ愚作群になるのかと思ひましたが。同時に渡哲也のチンピラぶりに喝采を送つてゐました。

東映東宝アクションを一章でまとめてゐます。東宝ではアクションスタアが不在であつたので、一章を設けるほどでもないからでせう。もつとも東宝は以前から「明るく楽しい東宝映画」を謳つてゐましたので、反社会的なアウトロー映画は少ないのは当然と申せませう。著者は「ご清潔東宝」と揶揄しますが。
大映時代劇映画論では、森一生・田中徳三・三隅研次・安田公義・池広一夫の五人の監督に絞りこんで論じた後半に新味を見ました。各監督が、映画会社から強いられたスタアシステムの中で、いかに自分の色を出さんかとプログラムピクチャーを連打してゐたのかを示し、今後は少し襟を正して拝見しませうと勘考した次第であります。
しかし大映時代劇が終焉を迎へたのは、「人斬り包丁の切れ味のみにたよっていたため」ではなく、単に市川雷蔵の死が最大の要因でせう。この辺は我田引水の感はありますな。
ま、アウトローが目立ち始めた頃から、日本映画は転落を始めたとも申せませう。

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京浜急行


 

京浜急行(日本の私鉄14)
吉村光夫【著】
保育社(カラーブックス)刊
1982(昭和57)年4月発行


吉村光夫さんも逝く。元TBSのアナウンサーであります。
「ロンちゃん」ですよ。ご存知ですかな。
鉄道趣味の世界では大物扱ひで、鉄道メイニアの間では有名な方です。私はメイニアではありませんが、たまたま知つてゐましたので、彼の訃報はまことに残念、少ししよんぼりしてゐます。

吉村氏は日本の鉄道の中でも京浜急行が好きで、関連著作も多いのであります。本書もその一つ。
私も関東の大手私鉄の中では、一番好きな路線であります。東武のスペーシアとか小田急のロマンスカーなど、好きな車両は有りますが、走りを楽しめる路線となるとやはり京浜急行(京急)ですかな。せせこましい場所をすり抜けるやうに走るので面白い。実際以上にスピードが出てゐる気がするのです。
京急は名鉄に似てゐる、ともいはれてゐて、東海地区でもファンが多い。京急は「快速特急(快特)」なる「特急」よりも上位の種別を走らせてゐますが、名鉄も最近(といっても5年以上前ですが)「快速特急」が走り始めて、ますます似てきたと申せませう。

本書は保育社カラーブックスから出てゐた「日本の私鉄」シリーズの1冊として刊行されたものです。
他の私鉄に関しては、社のOBとか、何らかの関係者が著者になつてゐて、全体に記述が硬い(まじめでとても良いのですが)のに比べて、ジャアナリストの吉村氏が担当する本書は、各所に遊び心がある文章です。
後半の資料編では快特乗車記などがあつて(快特ははたして買得かどうか、などとギャグを飛ばしてゐる)興味深いのであります。

吉村氏や種村(直樹)氏に続く、ジャアナリズム出身の鉄道ライターの出現を望むものであります。矢鱈詳しい人はたくさんゐるのですがねえ...
では、眠いので失礼します。

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英語とはなんだろう


 

英語とはなんだろう
安田一郎【著】
日本放送出版協会刊
1976(昭和51)年7月発行


以前「基礎英語」の話をしましたが、今回の著者・安田一郎先生は「続基礎英語」の講師だつた人であります。
基礎英語の小島義郎先生が謹厳実直なイメエヂなのに反し、安田先生はどこか飄飄とした感じで好対照でありました。あくまでもイメエヂ。
ネイティブの出演者は女性がマーシャ・クラッカワーさんで、男性が思ひ出せません。なんとかマクドネルさんといふ名前のやうな気もしますが、自信がありません。

『英語とはなんだろう』。壮大なタイトルであります。中高生など年少者を対象にしてゐると思はれます。「何で英語なんか勉強しなくちやいけないのか」などと言ひさうな。
英語を勉強することが、人類の進歩発展につながることであるといふ話を、古代史を引合に出し解説します。
邪馬台国と古代朝鮮の関係を述べて、異文化との交流がいかに大切であるかを諄諄と説くのでした。中中迫力があります。

読んで直ちに英語力がつく、といふ本ではありません。英語の考へ方、英語を母語とする人たちの思考法みたいなものを教へてくれる読み物と申せませう。

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にんげんのおへそ


にんげんのおへそ (文春文庫)にんげんのおへそ (文春文庫)



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にんげんのおへそ
高峰秀子【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2001(平成13)年10月発行


昨年末に亡くなつた(元)女優・高峰秀子さんのエッセイ集であります。
池部良さんの時も感じましたが、これだけの人物が亡くなつたといふのに、通り一遍の報道しかされてゐないやうです。悲しい。
本書は何となく本屋で逍遥してゐたところ見かけて、購買した次第であります。

知人のお嬢さんにウェディングドレスを貸す話の「四十三年目のウェディングドレス」。貸衣装で100万円とはべらぼうな話であります。既にスタアだつた高峰秀子が、結婚当時貧乏だつたといふ。なぜ?と思つてゐたら後の「ひとこと多い」で明らかになりました。
「オッパイ賛歌」は、ある医者の誤診で危ふく乳房を片方失ふところを、石井ふく子プロデューサーのおかげで救はれた話。セカンドオピニオンは大事だな、といふ方向へは行かず、誤診をした医者に思ひを馳せるのでした。

「おへそ」は映画界の職人の良い話。「ひとこと多い」では、養母との確執が語られる。スタアなのに貧乏だつたのは、この養母にすべて吸い取られてゐたからなんですね。
「ただ今自分と出会い中」は、自らに忍び寄る老いがテエマ。しかし全く深刻さがなくユウモワで包まれた文章なので、読む方としても辛くないのが良い。
勇気をもらへる1冊と申せませう。

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バールのようなもの


 

バールのようなもの
清水義範【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1998(平成10)年9月発行


めでたい正月ですが、私は大晦日に車を運転中、赤信号待ちしてゐたら、後ろから追突されまして、まことに凹んでゐます。何でこんな日に...保険屋もこの時期対応してゐないし。
そもそも相手は任意保険に入っていないと! その癖あんな無謀運転するのかと呆れるところであります。
私はおほむね2年サイクルで追突されるのですが、まあ大体は面倒くさいので「まあいいですよ」で済ませてしまひます。しかし今回は悪質なのでお灸をすえてやらうと思ひます。

さらに大好きな高峰秀子さんの訃報。2010年は大物俳優が相次いで亡くなりましたが、最後の締めで超大物女優が逝つてしまひました。
またもや追悼上映として、まづ「乱れる」を観ました。成瀬巳喜男監督の名作。若大将が演技をしてゐます。
あとは「女が階段を上る時」「煙突の見える場所」「娘・妻・母」などを予定。今年は高峰正月です。

こんなマイナス気分を吹き飛ばすには、清水義範氏が最適であります。
本人も「あとがき」にて、自分は正月号用に原稿を依頼されることが多いと述べてゐます。浮かれた正月気分に合ふ小説家として認識されてゐると分析し、だからといつて「ワシはいろものか!」と怒る事もなく、正月にふさわしい作品を書くのださうです。

「バールのようなもの」は、ニュースなどでよく使はれるフレーズですね。シャッターや金庫などをこじ開けて金品を盗む時に使用する泥棒用具。「バール」ではなくて「バールのようなもの」。
主人公は、一体これはどんなものかと疑問を持つのですが、周囲に分かる人がゐない。そこで金物屋へ実物を買ひに行きますが、やはり「バールのようなもの」は置いてありません。仕方なくバールを買つて引き下がるのですが、それが原因で、後日彼に大変な事態が巻き起こるのであります。やはり、関りあひになるのではなかつた!

その他11篇の小説が収録されてゐます。いづれも思はず頬がゆるむ作品群であります。
ところが、どうやらこれも絶版みたいです。復刊を願つて、寝ることにします。
では。

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