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出家とその弟子


出家とその弟子 (新潮文庫)出家とその弟子 (新潮文庫)


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出家とその弟子
倉田百三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1949(昭和24)年11月発行
2003(平成15)年6月改版


浄土真宗の開祖とされる親鸞聖人の話。
歎異抄の教へを戯曲化したものださうです。
我が家も元来浄土真宗ですが、私は全くお祈りはしてゐません。

ある吹雪の夜、親鸞と弟子二人が一夜の宿を求めて、一軒の屋敷を訪れます。
しかし屋敷の主、日野左衛門はにべもなく断るのです。わしは坊さんが嫌ひだでよー、と。
その夜、左衛門は恐ろしい夢にうなされ、目が覚めます。反省して、まだ外にゐた3人に非礼を詫び、改めて家で泊つてもらふのでした。左衛門は、本来善良な心の持ち主なのであります。
左衛門の息子が当時11歳の松若といひ、これが後年出家して、親鸞の弟子となります。

第三幕で、親鸞の息子善鸞が登場します。この人は南無阿弥陀仏の祈りを信用せず、遊女と遊び呆けてゐます。父親の親鸞からは勘当されてゐる身でございます。本当は純な人なのですが、周囲の目は冷たい。
唯円は数少ない理解者で、何かと彼を擁護しますが、唯円自身もかえでといふ遊女と心を通はせるやうになるのです。
恋は盲目と申しますが、唯円は周囲が見えなくなり、先輩僧たちから吊るし上げられるのです。
そして遂に親鸞聖人からも...唯円とかえでに将来はあるのか?

戯曲といふ形式をとつてゐるので、親鸞聖人の教へがよく分かります。
「人間は善くなりきる事は出来ません。絶対に他の生命を損じない事は出来ません」
「善くならなくては極楽に行けないのならもう望みはありません。しかし私は悪くても、別な法則で極楽参りがさせて戴けると信じているのです。それは愛です。赦しです」
「これまでの出家は善行で極楽参りが出来ると教えました。私はもはやそれを信じません。それなら私は地獄です。しかし仏様は私たちを悪いままで助けて下さいます。罪を赦して下さいます。それが仏様の愛です」

若さが迸る一冊。
青春文学と呼ばれてゐますが、もちろんどの世代が読んでも得られる感動は同じでせう。
抹香臭いこともありません。直球で我々の心にズドン!と来ますよ。

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