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みんな日活アクションが好きだった


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みんな日活アクションが好きだった
大下英治【著】
廣済堂出版刊
1999(平成11)年7月発行


先日、井上梅次監督の訃報に接し、『鷲と鷹』『嵐を呼ぶ男』を追悼上映しました。
もつぱら娯楽作品を作り続けた井上監督。古い映画監督がまた一人去つてしまつた。

戦前は剣戟映画を量産した日活ですが、戦時の国策による統合で、大映に吸収されてしまひます。
戦後、1954(昭和29)年、日活は映画の製作を再開しますが、スタッフも俳優も足りません。そこで「引き抜き」を恐れた邦画他社は、あの悪名高き「五社協定」を結ぶのであります。
これにより、日活は独自でスタアを発掘しなければならなくなります。
そこへ救世主として登場したのが石原裕次郎でした。過去にはない全く新しい型の映画スタアとして、人気をさらつたのであります。

裕次郎の人気を決定づけたのが『嵐を呼ぶ男』だといひます。しかしいくら石原裕次郎といへども、彼一人の力で日活を立て直した訳ではない。タアキイこと水の江滝子や、監督井上梅次の貢献は大きいでせう。
何しろこの男性アクション路線が成功したお陰で、のちの小林旭・赤木圭一郎・和田浩治とで構成する「日活ダイヤモンドライン」が完成するのですから。
第一次ダイヤモンドラインの頃が日活の絶頂期と申せませう。それぞれタフガイとかマイトガイなどとニックネームを付けたのも成功要因でせうね。
これに触発されて東宝は「東宝スリー・ガイズ」(佐藤允・夏木陽介・瀬木俊一)、新東宝は「ハンサム・タワーズ」(菅原文太・吉田輝雄・寺島達夫・高宮敬二)を構成しますが、男性アクション路線では日活に敵ひませんでした。

大下英治著『みんな日活アクションが好きだった』は、そんな日活が制作再開をする経緯から、社名を「にっかつ」と改めロマンポルノ制作に移行するまでを活写してゐます。
本当にタイトル通りみんなが好きだつたかはとにかく、確かに「日活アクション」は一つのブランドと化してゐました。これに比肩し得るのは、「東映時代劇」くらゐではないでせうか。
きつと著者大下英治氏もその青春時代、リアルタイムで観た世代ではないでせうか。それにしても大下氏の守備範囲は広い。

「第一幕 日活アクション映画のスターたち」では、ダイヤモンドラインの成立と成熟(和田浩治の離脱、赤木圭一郎の急死があり、新たに宍戸錠・二谷英明がラインに参加)を語り、「第二幕 日活アクション映画を彩る脇役の名優たち」では文字通りバイプレイヤーたちの存在を、「第三幕 日活ニューアクションのスターたち」においては渡哲也・高橋英樹から原田芳雄にいたる次世代のスターを語つてゐます。和泉雅子さんのデビュー時はとても可愛かつたのですよ...余計なことでした。

現在、これらの作品群は、主だつたものはソフト化されてゐるし、「チャンネルNECO」などのCS放送でかなりの日活作品が鑑賞できます。全く良い時代ですなあ。

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