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土俵の修羅


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土俵の修羅
石井代蔵【著】
新潮社(新潮文庫)
1985(昭和60)年11月発行


紛糾してゐる相撲界。名古屋場所の開催に何とか漕ぎ着けました。開催すべきではないとの意見が大勢を占めてゐるやうですが、まあ、いいぢやありませんか。
今日の朝日新聞には「識者の意見」として数名の方が意見を寄せてゐます。その中で、杉山邦博さん(厳罰は当然、さらなる処分も課すべきである。しかし場所は開くべき)と、天野祐吉さん(当事者たちは社会人としての意識がない。そこを改善するところから本当の改革が始まる。今後も問題を考え続けるならば場所をやればいい)のコメントに共感を覚えるものであります。

『土俵の修羅』を読みますと、角界の不祥事といふか閉鎖社会といふものは、今に始まつたことではないのが解ります。時津風部屋で17歳の取的を扱き殺した事件は記憶に新しいところですが、ああいふ暴力は日常茶飯事でありました。「かはいがる」なんて言つてね。八百長や賭博についても然りでせう。時代が変り、相撲界も社会の目を無視することができなくなつたといふところでせうね。相撲部屋の常識は世間の非常識と認識されるやうになつてきました。

本書に「生きている八百長」なる章があります。この種の本には珍しく、八百長は厳然とした事実であるといふ立場であります。八百長問題は裁判になつても実証ができないとも言はれます。しかし著者によると八百長は証明できるといひます。かつて「八百長仲介業」をしてゐた元十両力士の話は、衝撃です。元十両といつても、ほぼ万年幕下で、財をなせる状態ではなかつた筈なのに、「現役時代から女房とたくさんの子供に囲まれて、引退後は自宅で立派なチャンコ屋を経営する。応接間にいくと贈物のナポレオン、ヘネシー、ジョニーウォーカーなどの一級品がずらりと飾られている。それもそのはず、自分の相撲よりも人の相撲で稼ぎあげた。」
彼の存在が「生きている八百長」の動かぬ証拠であつたといふ。本書では当時の四股名や本名も明かされてゐますが、すでに関係者が過去の人物ばかりだからでせう。相撲協会には自浄能力がないといはれてゐます。私もさう思ふ。不正をネタに食つてゐる人物がゐますと、根絶は難しいのでせう。

暗い話になりましたね。ご無礼しました。

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