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城山三郎が娘に語った戦争


城山三郎が娘に語った戦争 (朝日文庫)城山三郎が娘に語った戦争 (朝日文庫)



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城山三郎が娘に語った戦争
井上紀子【著】
朝日新聞出版(朝日文庫)刊
2009(平成21)年7月発行


著者は故・城山三郎さんの次女であります。肉親でなければ書くことのできない、貴重なエピソオドが詰まつてゐます。
城山三郎さんは経済小説の作家、といふことになつてゐるが、井上紀子さんによると、原点は「戦争」であると言ひます。『大義の末』『一歩の距離』などが出発点だと、彼女は考へてゐるやうです。
しかし城山さんは子供たちに、実は戦争を語らなかつた。体験談を期待してゐた紀子さんでしたが、子供の頃に聞かせてもらふことは出来ませんでした。後年、城山さんが70歳を過ぎてから、初めて自分の戦争体験を語り始めたのださうです。意外な事実ですが、それまで語れなかつたのは「つらすぎて言えなかったんだよ」と。そして「話さなければいけないし、そのために生かされてきたのだと思う」といふ考へから、語り継ぐ必要性を感じたのださうです。
もう20年くらゐ前、当時60代の女性に戦争の話を聞かうとしたことがありますが、その時の彼女も、「つらすぎて、話せない」と言つてゐました。「戦争体験は語り継がなくちやいけない、とよく言ふけれど、私は嫌だ。思ひ出すだけでつらくなる」と。

城山さんはあの個人情報保護法にも反対してゐましたが、これも戦争中の悪法「治安維持法」につながるといふことで、国家による情報操作を恐れたのであります。
パチンコ屋から軍艦マーチが流れるだけで顔をしかめる城山さんが、カラオケでは軍歌しか歌へなかつたとか、一人レコードで軍歌を聴きながら「なぜ自分だけ生き残ったんだ」と嗚咽する場面とか、胸を突かれますね。あの流行作家がこんなに苦悩してゐたとは。

一方で、おそらく家庭内でしか見せない一面も披露されてゐます。集中しすぎて靴下を履いたまま風呂に入つたり、妻のカーディガンを間違えて着てゴルフへ行つたり、せつかく買つた携帯電話を常時充電器に置き、時計代わりにして「便利なんだよ」とすましてゐたり...微笑ましくなります。

案外作家さんといふのは、言行不一致の方が多いやうに見受けられますが、城山三郎さんは筋を通して79年の生涯を全うしました。かういふ方の遺志を継ぐ人が多くなれば、城山さんの訴へもますます意義が大きくならうといふものです。

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