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血と砂(1965)

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#1438「血と砂(1965)」
靖国神社だけには行くなよ......

製作年:1965年
製作国:日本
製作会社:三船プロダクション=東宝
監督:岡本喜八
出演:三船敏郎/佐藤允/伊藤雄之助/団令子/仲代達矢
公開:1965年9月18日


 団令子特集の次なる作品は、1965年の「血と砂」。来年早々生誕100年を迎へる岡本喜八特集に廻しても良かつたのですが、何となく此方で取り上げます。直木賞作家・伊藤桂一の連作短篇集「悲しき戦記」の一篇「黄土の一輪」を原作としてゐます。脚本は佐治乾岡本喜八、音楽は佐藤勝であります。

 敗戦間近の北支戦線、日本軍の拠点・通称「ヤキバ(火葬場)」隊が八路軍によつて全滅させられ、その際ただ一人連絡の為に戻つた小原見習士官(満田新二)が敵前逃亡の罪に問はれて銃殺されます。銃殺したのは炊事係の犬山一等兵(佐藤允)。

 佐久間隊長(仲代達矢)は、ヤキバを取り戻すべく、最前線に左遷されてきた小杉曹長(三船敏郎)に、軍楽隊の少年13名を率ゐて出動するやうに命じます。加へて、小杉の希望により営倉入りしてゐた持田(伊藤雄之助)、志賀(天本英世)、そして犬山の三名も参加します。素人の少年たちが生き抜く術を教へてくれと佐久間に頼まれます。

 小杉の綿密な作戦により、見事にヤキバを奪還します。そして小杉を慕ふ慰安婦のお春こと金春芳(団令子)もヤキバにやつて来て、童貞の少年たちの相手をするのでした。しかし兵隊の質量ともに勝る八路軍によつて、少年兵たちは一人また一人と命を落し、小杉隊は次第に追ひつめられてゆくのでした......

 原作では、いつ死ぬか分からぬ童貞の若い兵隊たち(軍楽隊ではない)の為に、朝鮮人慰安婦を抱かせる短い話となつてゐますが、それを膨らませたのが完成作品。喜八作品らしく、陽性の戦争アクションで、エンタメ要素もたつぷりであります。所々に散りばめられるユウモワも効いてゐます。

 従つて本来の主役はこの少年たち。映画化に当り軍楽隊の性格を持たせ、賑やかなディキシーを奏でる集団としました。三船の言葉を借りると、まだ20年も生きられなかつた者への鎮魂が寂しくてはいかん、との事です。皆若いから女に対する免疫がなく、無邪気に水遊びをする団令子の前で、股間に変調を来してしまふ。立てと命ずる三船に対し「あの、立てないのであります。勃つてはゐるのですが......」と応じるのが可笑しい。

 野球の投手経験があるメムバアが、コントロールを買はれて手榴弾を投げるシーンでは、三船とブロックサインを交すなど、おふざけ要素もあり。メムバアの中には、阿知波信介木村豊幸といつた、後の「ウルトラ隊員」の顔も見られます。

 彼らの女神となる、我らが団令子も素晴らしい。三船を慕ひ、何処までも彼を追ふけなげさ。戦争の馬鹿馬鹿しさを一番身近に感じる立場で、最後に三船から託された「金鵄勲章」を身に付ける辺りの演技は注目であります。ヤキバの皆が彼女を迎へる準備をしながら「♪おはーるさん」と歌ふシーンは好きです。

 その他、喜八組の仲代達矢、伊藤雄之助、佐藤允、天本英世などお馴染みのメムバアが揃ひました。仲代は軍規に縛られるガチガチの軍人かと思つたら、実に人間味があり責任感もある人物。三船は「軍人としては出来の悪い方だ」と独特の褒め方をします。
 伊藤は葬儀屋役ですが「人は殺せないが、さうしなければ自分が殺されるなら、一生懸命殺すと思うよ」といくさの本質を衝きます。営倉入りの三船をこつそり逃がさうと、掃除しながら演奏に合せて「逃げるなら今だ」と歌ふのが面白い。佐藤もナイスガイ。銃殺した男の正体を、最後に団令子に聞いた時の衝撃を受けてゐました。

 八路軍との決戦では爆薬をこれでもかと駆使し、痛快娯楽作品としてのスペクタークルも十分、それだけに次第に劣勢となり、全滅へと至るプロセスが悲惨さをかきたてます。八路軍の捕虜の少年が、日本兵に向けて終戦を知らせるのを、支那語の分からない伊藤雄之助が射殺し、団令子が「みんな死んでしまつた」と呟く「その日八月十五日」の字幕と共に一気に「終」となるラストも鮮やかでした。
 わたくし、喜八作品は大好きなものが多いですけど、本作はその中でも可也り上位に位置します。お前が褒めても何の意味もないと言はれればそれまでですが。



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