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電光石火の男


電光石火の男―赤木圭一郎と日活アクション映画電光石火の男―赤木圭一郎と日活アクション映画



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電光石火の男―赤木圭一郎と日活アクション映画
末永昭二【著】
ごま書房刊
2006(平成18)年5月発行


千代の富士一代』で千代白鵬の名をちらりと出したら、八百長騒ぎの渦中の人になつてしまひ、『連合赤軍「あさま山荘」事件』を取り上げたら、永田洋子死刑囚の病死が報道されました。あまりのタイミングの良さ(悪さ?)に少し驚いてゐるところであります。それにしても死刑囚の扱ひについては、改めて再考していただきたいと勘考する次第でございます。
それはそれとして、また2月がやつて参りました。近年は北方領土の日になつても、右翼諸君の行動があまり目立ちません。

いや、そんな話ではなく、赤木圭一郎の命日が近づいてきたといふ感慨にふけつてゐたのであります。
その衝撃的な死から、何と今年はちょうど50年の節目となるのでした。
彼が活躍したのは実質1960(昭和35)年の1年のみと申せまう。そのたつた1年の活躍で、その後半世紀経つても衰へることのない人気を誇つてゐるのは驚異ですなあ。
もつとも、作られた伝説といふ側面もあるでせう。末永昭二著『電光石火の男―赤木圭一郎と日活アクション映画』の序章でも、「(石原)裕次郎が赤木の棺に取りすがつて泣いた」といふあり得ない事実の報道を指摘してゐます。伝説のために、かういふ場面が必要だつたのだらうと末永氏は語るのでした。
(当時、石原裕次郎はスキー事故のため入院中で、外出できる状態ではなかつた)。

第1章「ドキュメント―昭和三六年二月」は、新たな証言をもとにあの運命の日を再現します。子役江木俊夫はマイトガイのために助かりました。
第2章「赤塚親弘から赤木圭一郎へ」では、素顔の彼が紹介されてゐます。お金・ファッション・ライバル・読書...本郷功次郎をライバルとするのは、少し無理があるのでは。
第3章「日活アクション前夜」、第4章「ダイヤモンドが生まれるまで」では、戦後映画制作を再開した日活の歩みを、スタア中心に述べてゐます。
第5章「映画スター赤木圭一郎」で、主演スタアとなつた赤木の活躍ぶりを再現。各映画の紹介も丁寧にされてゐます。
第6章「大衆文化の中の「拳銃無頼帖」」は、本書の白眉と申せませう。赤木の唯一のシリーズ物となつた「拳銃無頼帖」シリーズに話を絞り、城戸禮の原作と比較しつつ、貸本文化を背景に語るのであります。さすがに『貸本小説』といふ著書を持つ末永氏ならではの文章ですね。この章は初めて知る項目がいつぱいでした。
最後に、熊井啓監督のインタビューが付されてゐます。短いものですが、これまた貴重な証言と言へませう。

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