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最後の診断


最後の診断

最後の診断
アーサー・ヘイリー【著】
永井淳【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1975(昭和50)年8月発行


今月6日に翻訳家・永井淳さんが亡くなりました。残念なことです。
永井淳さんと言へば、あの名翻訳家・大久保康雄さんの弟子に当ります。その大久保さんは、翻訳家といふ職業を確立した人。それ以前は、各分野の学者(つまり分かりやすい日本語を書くことが不得手な人)が片手間に手がけてゐたさうです。
ゆゑに昔の翻訳本は、生硬な直訳、日本語ならざる日本語が主流で、例へば観念的な哲学書などはさつぱり読んで分からない翻訳になつてゐました。戦前の岩波文庫などは酷い状態だつたと言ひます。
さらに困つたことに、その読んで分からない翻訳をありがたがる読者が少なからず存在し、あまつさへ通常の日本語の文章も翻訳調に影響された悪文が跋扈したのであります。
つまり私の中では、英米の文芸翻訳に関しては「大久保以前」「大久保以後」といふ分類が存在するのでした。

永井淳さんを語るつもりが、大久保康雄さんについて言を費やしてしまひました。失礼。
さて本書『最後の診断』はかつてのベストセラー作家、アーサー・ヘイリーの初期の傑作であります。まあ「傑作」だの「愚作」といつた評言はまことに主観的なものですから、聞き流してもらつて結構。

スリー・カウンティズ病院の病理部門では、旧態依然の古い体質が蔓延り、患者の治療にも悪影響が及ぶほどでした。原因は、病理の責任者たるジョー・ピアスンが改革を拒否し、現状を維持することに汲々としてゐるからなのです。外科部長兼医師会議議長のケント・オドーネルは、このままではいけないと危機感を抱き、改革実行のため、若きドクター、デーヴィッド・コールマンを招聘します。
コールマンはピアスンと対決し、病院の再生を目指すが...

ピアスンに対して「ざまあみろ」と思つたりしましたが、最後の場面では、コールマンと同じく「胸がいっぱいで言葉につまった」といふところでせうか。

*入手難度・・・★★★☆☆

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