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紫苑物語


 

紫苑物語
石川淳【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1957(昭和32)年7月発行
1970(昭和45)年7月改版


表題作のほかに「鷹」「善財」の二作品も併録。中篇小説三篇が愉しめるのであります。
「紫苑物語」は、若き国の守(かみ)が主人公。舞台は王朝時代。守は歌の才能を持ちながら、父によつてその作品に手を加へられたことから、歌をやめてしまひます。そして憑かれたやうに狩に出かけ、弓を引く毎日であります。
血を覚えた守の弓は、家人たちをも貫くやうになり、庭の、その血を吸つた場所に守は紫苑を植ゑさせるのでした...
引き締まつた文章。書き出し部分から陶酔させます。きつとかういふのが名文と呼ばれるのでせう。快適なリヅムと心地良い旋律でうつとりするのであります。必読。

「鷹」は、専売公社を首になつた国助といふ男の物語。どうやら戦後のドサクサ混乱時代のやうです。国助が仕事を探してゐると、偶然会つたKといふ男からEなる男を紹介されます。Eに会ふと、たばこを指定した場所へ届けて、代金を回収する仕事だといふ。しかしこのたばこは普通のたばこではない。どうやらヤバイ仕事らしうございます。
また、Kから渡された「明日語文法」「明日語辞書」の二冊。明日語とは何か。明日語で書かれた新聞を解読すると、信じられぬ事が書いてあつたのであります...

最後は「善財」。これまた終戦直後の世相が窺はれます。焼跡の東京へ戻つた21歳の若者・筧宗吉くんの、うつろな魂の遍歴とでも申せませうか。思慕してゐた女性に再会できても、宗吉くんはまるで自ら選択したかのやうに、破滅へ向かふのであります。

三篇とも主人公はそれなりに行動しますが、いづれも蟻地獄へ突入するかのやうに、その先には救ひはありません。あの戦争で、反省も総括もしなかつた人たちを目の当りにした作者の叫びも聞える気がします。

※講談社文芸文庫からも同名の本が出てゐますが、併録作品が違ふので注意されたし。ま、いづれにしても読んで損はございません。

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