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駅前旅館


駅前旅館 (新潮文庫)駅前旅館 (新潮文庫)



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駅前旅館
井伏鱒二【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1960(昭和35)年12月発行
2007(平成19)年11月改版


駅前旅館。見かけなくなりました。
旅行の移動手段が鉄道中心だつた頃は、結構な数の駅前にあつたさうな。
しかし中小の駅前は寂れ、一方大都市の駅前は大型ホテルが林立する時代になり、風情はなくなりました。
駅前はビジネスホテルが全盛ではなからうか。ま、旅客が「旅館」より「ホテル」を好むやうになつてきたのでせう。実際ホテルは便利であります。

またもや個人的な話。
以前住んでゐた家の最寄り駅に、「F旅館」といふ駅前旅館がありました。外観を一瞥しますと、良く言へばまことに大衆的、悪く言へばぼつさい風体の建物です。
北九州市小倉出身の英語教師であるK先生が、この土地へ来てまだアパートが見つからない間、このF旅館に投宿しました。先生が言ふには、部屋に座布団がなく、枕は破れてゐて、仕方がないので自分の枕を駆使したとのこと。
数年後、この「F旅館」は、「ビジネスホテルF」と改称し、名称だけはビジネスホテルになりました。外観はまつたく変りません。しかし客は増えたみたい。
一度ここで泊つてみたいと勘考してゐたのですが、何しろ自宅から徒歩15分ですから、その機会はありませんでした。そこへ、弟の友人が遊びに来るといふので、半ば騙すやうな形で一晩ビジネスホテルFを利用させました。結果は、K先生が泊つた時と全く同じ状態だつた...

あ、この話に何の寓意も教訓もありません。

東宝映画『駅前旅館』の原作といふことですが、もちろん森繁・伴淳・フランキーは登場しません。
「柊元(くきもと)旅館」の番頭・生野次平による独白体で話が進められます。
これといつた話の筋があるわけでもありませんが、魅力的な語り口で、戦後の駅前旅館を描写します。さまざまな隠語やしきたり、客扱ひの極意...哀愁を帯びながらもユウモワに満ちた作品ですね。
とにかく読んでゐて幸福な気分になれる一冊であります。

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