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李陵・山月記



李陵・山月記
中島敦【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1969(昭和44)年9月発行
1978(昭和53)年6月改版

高校の授業で、初めて『山月記』を読んだ時の衝撃は忘れられません。
自らの狷介さが招いた結果とはいへ、志半ばで虎の姿に変り果てた李徴。人間の心を取り戻す時間があるといふのが一層残酷ですね。
友人が通りかかつた時、人間の心を持合せてゐたのが、せめてもの幸ひ。さうでなければ、彼を襲ひこれを喰ひ殺し、従つて自作の詩を残す事もできず、自らの存在を知らしめることも叶はなかつたでせう。
李徴の悲哀も胸に迫りますが、何よりこの文章自体がかつこいい。リヅムがある。引締つてゐる。贅肉が無い。まさに声に出して読みたい日本語であります。
最初のページで「隴西の李徴は博学才頴、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね」から「その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた」まで簡潔に物語る。この1ページの内容だけで、長篇小説が1冊書けさうです。

『名人伝』は弓の名人を目指す紀昌といふ男の物語。
師匠に命ぜられるまま、目の基礎訓練に5年もかけて修行し、遂に虱が馬ほどの大きさに見えるほどになります。師匠から学ぶものがなくなり、次いで甘蝿老師なる大家の門を叩く...
結末には意表をつかれます。寓意を込め過ぎて、物語としては単純化されたやうです。
『弟子』とは、孔子の一番弟子・子路の話。まことに愛すべき人物として描かれてゐて、自己の保身ばかりに汲々とする私としては、ひとつの理想像であります。
『李陵』では、漢の李陵が匈奴と戦ひ善戦するが、兵力の差が大きすぎて結局捕へられ捕虜になる話。時の為政者武帝は情報の真偽を確かめもせずに李陵を裏切者と断じ、激怒の挙句李陵の親族を皆殺しにしてしまふ。とんでもない奴です。以降、李陵は漢へ戻る意思を失ふのであつた...
ほかに『史記』の司馬遷、漢の使節・蘇武が登場します。李陵と司馬遷はそれぞれに大いに苦悩しますが、蘇武は李陵を更に悩ませる存在として別の存在感を示します...

本屋へ行き新潮文庫の100冊コーナーでうろうろしてゐますと、いまだに本作品がそのラインナップに名を連ねてゐることが分かります。といふことは現在でも新しい読者を増やしてゐるのでせう。
太宰や清張だけではありませんよ、実はこの中島敦も生誕100年なのでした。

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