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そよ風ときにはつむじ風


そよ風ときにはつむじ風

そよ風ときにはつむじ風
池部良【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1995(平成7)年7月発行


池部良さんが文筆家としての活動を始めてから、すでに久しい年月が経過してゐます。
映画スタアとしての池部良についてはここで改めて語るまでもなく、私なんかは不世出の名優と考へてをりますが、名文家としての名声も高く、著書も多いのであります。
ちなみに劇作家井上ひさしさん(先日肺がんを公表、入院中ださうです)の少年時代、仙台地方で「上原謙に宮城県、池部良にスケベリョウ」といふ文句が流行つたさうです。
私の父(鹿児島県出身)も、私が池部良出演の映画を観てゐると「お、スケベリョウが出てゐるな」と言ふので当時はきつと全国でスケベリョウと呼ばれてゐたのでせう。

『そよ風ときにはつむじ風』は、父と子をテーマにした随筆集です。毎日新聞に連載されたのですが、好評につき『続』『続々』も執筆されてゐます。
池部さんの父親は有名な洋画家、漫画家であつた池部鈞。江戸つ子であります。
とにかく口が悪い。笑つてしまふ程であります。妻子に対して「脳が悪い」などと放言します。
父権社会の権化。きつと読者の中には、眉をひそめ、前時代的な封建主義と指摘する人もゐるでせう。
しかし私の見るところでは、池部鈞氏は当時の「我儘な江戸つ子をやぢ」を演じるのに必死で、妻子に愛情を注ぐ方策を知らぬのでせう。不器用な人であります。昔の父親は威厳を保つのに必死であつたので、時には理不尽な言動で誤魔化すこともあつたでせう。ま、女房子供からすると冗談ぢやないよといふところですが。

池部良さんの文章は抑制が効いてゐて、かなりえげつない内容でも下品にならずにユウモワを湛へてゐます。
特にお手伝ひの「ふきちゃん」にまつはる記述は、一つ一つどきりとさせられるものばかりです。いくら戦前の話とはいへ、18歳の乙女に何てことするんだ、鈞さん... 仮に現代に家政婦とかで派遣されたとしたら、わずか1日で「もう池部さんの家は、絶対嫌です!」と拒否されることでせう。

当時の世相や習慣なども多く記述があり、興味深く読めます。
もはや俳優のテスサビの域を越えた文章と申せませう。

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