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どこかで誰かが見ていてくれる


どこかで誰かが見ていてくれる―日本一の斬られ役・福本清三どこかで誰かが見ていてくれる―日本一の斬られ役・福本清三


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どこかで誰かが見ていてくれる
福本清三/小田豊二【著】
創美社刊
2001(平成13)年11月発行


ある種の映画を観てゐると、必ずその顔を見せてくれる俳優が存在します。
例へば私は昭和30-40年代の東宝映画を良く観てゐますが、ほとんどの映画で登場するのが、勝部義夫さんといふ俳優です。
ノンクレジットで、台詞もない場合が多いですが、この人の顔を見ると何故だか平和を感じて、良い心持になるのであります。ウルトラセブンでは準レギュラーといつて良いほど出演してゐます。なかなかの男前。
テレビで相撲中継を見てゐて、杉山邦博さんを発見した時の心情に似てゐるでせうか。

そしてこの福本清三さん。
福本清三さんは元東映専属の大部屋俳優ですが、東映映画よりもテレビの時代劇や刑事ドラマでの印象が強いですね。
やはり台詞がない役が多いのですが、時代劇の斬られ役として実に印象的な俳優さんです。
主役に斬られる時は、目一杯海老ぞり、画面狭しとその苦痛に歪む顔を披露するのであります。
「どこかで誰かが見ていてくれる」といふタイトルは、初めて深作欣二監督と仕事をした時に、自分の演技に対する慢心を監督にたしなめられて以来、一生懸命与へられた役をやつてさへゐれば、誰かがきつと、どこかで見ていてくれると思ふやうになつたことから付いてゐます。

時代劇の現状を嘆く発言もちらほら。単に制作本数が減少しただけでなく、内容のひどさに憤慨してゐます。
脚本家は勉強不足で、若い監督も時代劇を知らないからシナリオを現場で直せず、頓珍漢な演出をしてしまふのであります。
これは時代劇をリードしてきた東映に責任がありますね。昭和30年代の後半には、制作費高騰や観客の減少などを理由に、時代劇の制作を止めてしまつたからです。代りに仁侠映画を多作し、人気を博すのですが...この流れに他の映画会社も右へ倣へと続き、結果劇場映画用の時代劇は壊滅状態になつたのでした。
細々とでも続けてゐれば、それなりにスタッフも育ち、現在のやうな惨状は避けられたのではないでせうか。
時代劇を知らぬ監督が、知識のなさを糊塗する為に「新しい時代劇」などと言つて制作するのは、観てゐて恥づかしいものがあります。

小田豊二さんの聞き書きといふ形で表現されてゐるので、福本清三さんの口調や人柄がそのまま伝はり、臨場感があります。幼時の思ひ出、貧乏な少年時代、ブレザーを買つてくれた姉...泣ける話ですが、福本清三さんに言はせると、きつと「しようもない」と照れるのでせう。

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